AI時代に求められること

アメリカ・ウォール街の投資家たちは、AIの急速な普及によって打撃を受けると見られる企業から投資資金を回収しています。

その結果、対象となる企業の株価も軟調な動きを見せています。

こうした流れを受け、バンク・オブ・アメリカ(BofA)は「AIの影響を強く受ける企業」をまとめた企業リストを提示しました。

そこに挙げられた企業は以下の通りです。

  1. Wix.com
    ウェブサイト制作プラットフォームです。今後は人間ではなくAIがウェブサイトを作るようになると予測されています。

  2. Shutterstock
    デジタル画像を提供し、ライセンス料を得るプラットフォームです。AIによる画像生成の普及でライセンス需要が減少する可能性が高いです。

  3. Adobe
    PhotoshopやIllustratorを提供するソフトウェア企業です。Shutterstockと同様の理由でリスクが指摘されています。

  4. ManpowerGroup
    人材派遣サービス企業です。業務自動化によって派遣需要が縮小する懸念があります。

  5. Robert Half
    採用・人材派遣会社です。ManpowerGroupと同様の理由でリスクが指摘されています。

  6. Gartner
    市場調査会社です。AIを活用したリサーチが台頭し、従来型の調査の競争力低下が懸念されています。

  7. Omnicom Group と WPP
    伝統的な広告会社です。Meta(旧Facebook)が広告制作の全工程をAIで自動化しようとしており、その影響を受けると見られます。

アメリカの代表的株価指数であるS&P500やNasdaq100が最高値を更新している一方で、これらの企業の株価は今年に入り20〜50%下落しているのが目立ちます。

 


医師という職業への影響

AIの波は医療分野にも押し寄せています。

これまで医師は、優れた知性を持ち、膨大な医学知識を習得し、長い教育課程を修了したエリートの象徴でした。

その信頼のもと、患者が症状を訴えれば、診断から治療まですべてを医師が主導してきました。

しかし、アメリカでは状況が変わりつつあります。

特に診断の領域でAIが人間の医師を上回る例が増えてきました。

検診データやMRIのデータをAIに入力した方が、人間の医師よりも高い精度の診断結果を出していると報告されています。

特に放射線科や病理科などはAIに置き換わりやすい分野と見なされています。

AIは診断にとどまらず、処方やロボットを用いた手術まで行えるようになりつつあります。

結果として、医師に残る業務は患者との相談のみになるかもしれない、という見方も出ています。

 

こうした変化は「医学部進学=長期的に安定した高収入の保証」という常識を揺るがしています。

将来、患者とのやり取りは以下のようになるかもしれません。

「先生のおっしゃることはわかりますが、ChatGPTは違う診断を出していましたよ?」

もちろん医師が不要になるわけではありません。

しかし、医師の役割はAIと共存しながら新しい形に変わっていくと考えられます。

今後は医学の知識だけでなく、AIに関する理解も備えた人材の価値が高まると見られます。

つまり、「医師=高知的労働者」という従来のイメージが、「AIの診断を解釈し、患者と向き合い、最終責任を負う職業」へと変化していく可能性が高いです。

 


AI時代に必要な学び

AI時代でAIの最先端で生き残るためには、大きく3つの分野の学習が重要とされています。

  1. 確率・統計(確率分布、統計的推論、仮説検証、回帰分析など)

  2. 線形代数と微積分(ベクトル、行列、演算、多変数微積分など)

  3. 情報理論(エントロピー、情報量、チャネル容量など)

中でも特に重要なのは「線形代数」です。

AIの基盤となる数値計算や最適化はすべて線形代数に基づいており、GPUによる並列処理やディープラーニングの大規模学習を可能にします。

ただし、こうした数理分野の学習はAIを開発する立場の人に必要なものであり、多くの人にとっては直接学ぶ必要はありません。

 


AIのユーザに求められる力

私たち一般のユーザがAIを活用する際に最も重要なのは、「適切に質問する力」と「AIの誤りを見抜く力」です。
AIは時に非常に巧妙に誤った答えを提示することがあり、そのまま鵜呑みにしてしまうのは大変危険です。

最近では、ChatGPTの回答をそのままコピーして、あたかも自分の主張のように扱う人も見かけます。

しかし、それを目にすると「では、あなた自身の考えは何なのか?」と問いかけたくなります。

大切なのは、AIを補助的なツールとして使いつつ、自分自身の思考と判断力を持つことです。

そのためには、幅広く学び、深く考える習慣が欠かせません。

結局のところ、AIの時代においても、重要なのは「学び続ける姿勢」だと思います。

パウエルの2025年ジャクソンホール会合(金利引き下げ、イーサリアム)

日本時間2025年8月22日午後11時、パウエルFRB議長のジャクソンホール会合での講演が行われました。


発言の要旨は以下のとおりです。

  • 雇用市場には下方リスクが拡大している。

  • 政策金利は依然として引き締め的な水準にあり、リスク要因の変化によっては政策スタンスの調整が正当化され得る。

  • 失業率やその他の労働市場指標の安定性を考慮すれば、政策変更を慎重に検討できる。

  • 労働需要と供給がともに鈍化し、雇用増加は急速に減少した。

  • 短期的にはインフレ上昇リスクがあり、関税によるインフレ圧力も財価格を押し上げる形で明確に現れている。

  • 今後数ヵ月間はインフレ圧力が蓄積していくと見込まれる。

  • ただし、関税による物価上昇圧力は長期的なものではなく、インフレへの影響は一時的だとみなすのが基本的な前提である。

  • 関税や移民政策が経済に与える影響については、まだ判断が難しい。

  • 労働市場は5~6月の指標が大きく悪化し、減速感が一段と強まった。

  • 労働需要・供給ともに低下しており、この傾向が続けば失業率は急速に上昇する可能性がある。

  • インフレと雇用の双方に下方リスクが高まっており、極めて難しい局面にある。

  • 短期的には、金融政策はインフレ圧力と雇用の下押し圧力の両面にバランスよく対応する必要がある。

  • 長期的な期待インフレ率は、2%目標に沿った水準で推移していると考える。


簡単にまとめると、

  1. 雇用は最大雇用に近い水準にあり、インフレはコロナ禍の時期よりは安定している。

  2. 物価上昇リスクと雇用悪化リスクが同時に存在する特殊な状況である。
    (スタグフレーションの懸念があり、安心できる状況ではない)

  3. 金利はすでに制約的な領域にあるため、政策スタンスを調整する余地がある。
    (9月に25bp程度の利下げが行われる可能性がある)


 

昨年の米大統領選直前に利下げを行って以来、一度も利下げをしてこなかった「政治的なパウエル」も、ついに利下げに踏み切る構えを見せています。
8月末のPCE(Personal Consumption Expenditures、個人消費支出)が大幅に上昇するなどの大きなサプライズがない限り、9月の利下げの可能性は高まっている状況です。

 

パウエルが利下げの可能性を示唆する発言を行った後、リスク資産全体的に上昇中ですが、特にイーサリアムが大きく上昇しています。

イーサリアムのチャート

 

イーサリアムをはじめとする暗号資産はステーキング機能を持つため、金利との関連が深く、米国の金利が下がると相対的に暗号資産のステーキング利回りの価値が高まり、価格上昇につながります。

 

近いうちにイーサリアムが過去最高値を更新すると思います。

インテル(INTC)がアメリカの国有企業に?(トランプ、米医療業界、インテル)

最近記事で取り上げた企業に、興味深い動きが見られたので、簡単に状況をアップデートします。

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先日、トランプと米国の医療業界が対立しているという記事を書きました。

またその中で米国の保険会社である「ユナイテッドヘルスケア(UNH)」について触れました。
保険金支払いの拒否率が30%を超える悪名高い企業で、これが原因でCEOが射殺される事件も起きたことがあります。
この事件によりユナイテッドヘルスケアの株価は暴落し、600ドル台だった株価は200ドル台まで、約60%下落しました。
しかし米国の医療システム上、提携病院が多い1位の保険会社に加入しなければ、せっかく保険に加入しているのに保険金がもらえない可能性が高い点も記事の中で指摘しました。

そんなユナイテッドヘルスケアを、ウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハサウェイが16億ドル分株を買収したとのことです。
バークシャー・ハサウェイの買収報道を受けて、ユナイテッドヘルスケアの株価は時間外取引で11%上昇しました。
米医療業界はトランプから攻撃を受けていますが、1位の保険会社の収益は長期的に維持されるとバークシャー・ハサウェイは判断したようです。
ちなみにバークシャー・ハサウェイは同期間にアップル(AAPL)株2000万株を売却しています。

 

 

次にグローバル製薬会社の「イーライリリー」です。
トランプはグローバル製薬会社に対し、行政命令を通じて米国の薬価を他国と同程度にするよう要求しました。
つまり、米国だけ薬を高く売るな!ということです。

この要求に対し、最初に動いた企業がイーライリリーでした。
イーライリリーは英国で肥満治療薬「マンジャロ」の価格を引き上げました。
従来122ポンドだった1か月分の薬代を330ポンドに、なんと170%も値上げしたのです。

米国の薬価を下げて他国と同程度に合わせるのではなく、薬価の安い国の価格を引き上げた形です。
これを黙って見ているトランプではないため、近いうちにイーライリリーに何らかの制裁を加える可能性が高いと思います。

 

 

最後に、医療業界ではありませんが、最近トランプと対立した「インテル(INTC)」です。
トランプは米国の半導体ファウンドリを活性化させるため、TSMCにインテルとの合弁会社設立を提案し、台湾に高関税を課すなどの動きを見せていました。
一方で、インテルのCEOが中国と関係があるとして、リップ・ブー・タンCEOに辞任を要求していました。

インテルのリップ・ブー・タンCEOは、トランプからの辞任要求後、ホワイトハウスを訪問してトランプと面会したといいます。
面会後、トランプはリップ・ブー・タンCEOへの非難をやめ、SNSで突然以下のようにインテルのCEOを誉めました。
「リップ・ブー・タンCEOとハワード・ラトニック米商務長官、スコット・ベセント米財務長官らと会議を行った。非常に興味深い場だった。彼の成功と成長の過程は驚くべきストーリーだった。」
これは、トランプがリップ・ブー・タンCEOから何らかの大きなプレゼントをもらったことを意味すると解釈されます。

 

インテルはオハイオ州の工場建設資金が不足している状況です。
これまでは米国の補助金で賄われると予想されていましたが、リップ・ブー・タンCEOとトランプの面会後の噂では、補助金ではなく米政府による株式取得になるとのことです。
つまり、オハイオ州の工場建設資金を米政府が支援する代わりに、インテルの株式を取得するということです。


もしこれが実行されれば、インテルは事実上米国の国有企業となるわけです。
台湾政府の資金が入ったTSMCが半導体ファウンドリの最強企業になったように、インテルに米政府の資金が入れば、復活の可能性は非常に高くなります。
かつて70ドル近くあった株価が18ドルまで下落したインテルですが、チャート上でもゴールデンクロス直前の形を示しています。

インテル(INTC)のチャート

 

このまま順調に進めば、2〜3年以内にインテルはかつて「半導体の恐竜」と呼ばれた名声を取り戻せるかもしれません。

夢のエネルギー、ホワイト水素

宇宙で観測可能な物質の約75%は水素で構成されているほど、宇宙で最も豊富な資源は水素です。
水素は二酸化炭素を発生させず、1,000℃以上の熱を生み出すことができる「環境に優しい燃料」でもあります。
水素は豊富で環境に優しい反面、空気よりも軽いという問題があります。
空気より軽いため、大気中に留まらず逃げてしまうのです。
宇宙の75%が水素でありながら、地球の大気中における水素の割合がわずか100万分の1しかないのも、このためです。

 

水素は主に他の原子と結合した化合物として地球上に存在します。
その代表例が、酸素と結合した水(H₂O)です。

 

水素はその生産方法によって、副生水素・改質水素・水電解水素に分類されます。

副生水素は、化学工業や製鉄工程において副産物として発生する水素です。
他の製品を作る過程で追加的に得られるため、生産コストは低い一方、生産量は多くありません。
水素自動車がまだ少なかった頃は、少量の副生水素でも需要を賄うことができたため、水素燃料価格を低く抑えることが可能でした。
しかし副生水素は量が限られているため、利用が拡大すると、本格的に水素のみを製造する方法が必要になります。

水素の分類

改質水素は、石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料から作られる水素です。
現在生産されている水素の大部分はこの改質水素であり、世界全体の水素生産の96%を副生水素と改質水素が占めています。
これらは環境負荷が高いため「グレー水素」と呼ばれます。

水電解水素は、水を電気分解して生産する水素です。
水を電気分解するには大量の電力が必要です。
その電力の調達方法によって、水電解水素もさらに分類されます。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電し、その電力で水を電気分解して得られる水素は「グリーン水素」と呼ばれます。

グレー水素の生産過程で排出されるCO₂を回収・貯蔵し、CO₂排出量の増加を抑えたものは「ブルー水素」と呼ばれます。

そのほか、原子力発電によって得られる水素を「ピンク水素」と呼ぶなど、さまざまな種類の水素があります。
これまで水素確保の最終目標は、グリーン水素とされてきました。

 

サウジアラビアは、年間平均日射量が1㎡あたり5,700〜6,700Whにも達する、世界最高水準の太陽光発電条件を持っています。
サウジは太陽光発電と原子力発電を二本柱として運用する計画を立て、砂漠から得られる太陽光エネルギーを輸出しようとしています。
さらにサウジは水素を再生可能エネルギー戦略の中核に位置づけ、太陽光と原子力の余剰電力で海水を電気分解してグリーン水素を生産する計画です。

 

現在、天然ガスから作られるグレー水素は、1トンの水素を生産する際に10トンの二酸化炭素を排出します。
動物に例えると「1食べて10排泄する」ようなもので、全く環境に優しくありません。


水素自動車は水素と酸素の反応で水しか排出せず環境負荷が低いですが、その水素を製造する過程では大量の二酸化炭素が発生しているのです。
したがって、太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電した電力を用いた水電解技術こそが、真の水素エコシステムの条件と言えます。

 

こうした中、アフリカで奇妙な出来事が起こります。
1987年、西アフリカ・マリが大干ばつに見舞われ、井戸を掘って水を確保するため、108メートルまで掘削しました。
休憩中、掘削作業員が掘削孔のそばでタバコに火をつけたところ、孔から噴き出したガスに引火し大やけどを負う事故が発生しました。
爆発の危険性もあったため、その掘削孔は埋められ、井戸の探査は別の場所で続けられました。

 

20年後の2007年、石油会社ペトロマの会長アリウ・ディアロがこの話を耳にします。
彼は何かあると考え、周辺の土地を買い集め、2012年にカナダの石油会社に調査を依頼しました。
25年間封印されていた掘削孔を開き分析した結果、噴き出すガスの98%が水素であることが判明しました。
ディアロは商業化の可能性を確認するため、フォード製エンジンと300kW級発電機を設置し、水素発電で村に電力を供給しました。
その後、社名をペトロマから「ハイドロマ(Hydroma)」に改め、24本の掘削孔を掘削、780㎢の範囲で5カ所の水素貯留層を発見します。
貯留層は地下30〜135メートルにあり、総計500万トンの水素を確認した後、7年間にわたり水素発電を継続しました。
ハイドロマは2018年、国際水素エネルギー誌に地下水素を利用した7年間の発電データを発表しました。
しかし、この発表は注目されませんでした。
理由は埋蔵量が少なく、その地域特有の地質条件によって水素が残っていたに過ぎないと評価されたためです。

 

ところが2023年5月、フランス北東部ロレーヌ地方で再び水素が発見されます。
土壌中のメタンガスを調査するため石炭層を掘削したところ、地下1,250メートルで純度20%の水素が確認されました。
掘削が深くなるほど純度は上がり、3,000メートルまで掘れば純度90%に達すると予想されています。
ロレーヌ地方には4,600万トンの水素が埋蔵されていると推定され、最大で1億5,000万トンに達する可能性があるとの発表がありました。

 

この頃から、「夢の水素」と呼ばれるホワイト水素が現実化するのではないかと注目が集まり始めます。
2023年に多くの関心を集めましたが、実は2018年のハイドロマ発表後、密かに投資を始めた人物がいました。それがビル・ゲイツです。
ビル・ゲイツのBreakthrough Energyは、米国の水素探査企業コロマに9,100万ドルを投資し、探査を開始しました。

 

世界の地下状況に関して最も権威のある米国地質調査所(USGS)は、2022年10月の米国地質学会年次総会で、地殻に数百億トンの水素が存在するとのモデリング結果を発表します。
さらに、現在も毎年数億トン規模の天然水素が生成され続けているとも述べました。
つまり、石油や天然ガスのように一度掘り尽くせば終わりではなく、水素は今も生成され続けているというのです。

 

USGSは石油会社の掘削記録を再検証し、モデリングを行いました。
その結果、石油や天然ガスが産出する地形では水素はほとんど出ないことが確認されました。
有機物が堆積すると水素は炭素と結合して石油や天然ガスになってしまうため、油田には水素が残らないのです。
一方、石油が出ずに失敗した掘削孔を再確認すると、意外にも水素がしばしば見つかっていたことが判明しました。

 

天然水素は主にマントルで生成されます。
マントル中の鉄分を多く含む鉱物が水と高温・高圧で反応すると、酸素が鉄に結合して酸化し、水素が放出されます。
水素は軽いため通常は大気中に逃げてしまいますが、上部を覆うものがある地形では水素が地下に留まりやすいのです。

 

有機物が地中で石油や天然ガスに変わるには最低でも数百万年かかります。
つまり、石油や天然ガスは一度消費すれば再生成まで数百万年を要します。

しかし水素は、地下水が高温・高圧下でマントルの鉄鉱物と反応することで、現在も生成され続けています。

 

西アフリカ・マリでは2011年から30本の掘削孔で水素を生産しており、14年経った現在でも1孔あたり年間5トン、30kWの発電が可能な水素が出続けています。
USGSによれば、毎年5億トンの水素を安定的に開発可能です。
2022年の世界水素消費量が9,400万トンだったことを考えると、5億トンはその5倍以上に相当します。

国際エネルギー機関(IEA)は、2050年までに世界の水素消費量が6億1,000万トン程度に増加すると予測しています。
したがって毎年5億トンの水素があれば、長期間にわたって世界需要を十分満たすことが可能です。

オーストラリアでも地下500メートルから純度80%の水素が発見されるなど、埋蔵地は続々と確認されています。

 

米国ではすでに水素探査の掘削が進行中で、その企業こそビル・ゲイツが出資したコロマです。
コロマにはアマゾン創業者ジェフ・ベゾスやユナイテッド航空なども出資し、計3億5,000万ドルを投資しました。
さらに2024年10月には三菱重工が追加資金調達に参加し、投資規模は拡大し続けています。

三菱商事は2030年までに水素・アンモニアなどエネルギー転換関連事業へ2兆円規模の投資計画を発表しました。
2023年4月には次世代エネルギーTFを新設し、各事業部門が進めていた次世代エネルギー事業をCEO直轄に統合しました。
2024年4月には天然ガス部門を次世代エネルギーTFに統合して「地球環境・エネルギーグループ」を新設し、体制を強化しています。

 

米国エネルギー省(DOE)は2030年までに水素価格を1kgあたり1ドルまで引き下げることを目標としています。
再生可能エネルギーによるグリーン水素は1kgあたり6ドル程度が限界とされ、1ドルまで下げるのは困難ですが、ホワイト水素であれば1kgあたり1ドルが可能との分析もあります。

 

SMRなど新たなエネルギー源については、引き続きモニタリングを続ける必要があります。
多くは失敗に終わりますが、その中の一握りが成功すれば世界を変える可能性があるからです。
ホワイト水素の存在はすでに確認されています。
残る鍵は、本当に経済的に採掘可能かどうかです。

トランプ、金への関税を撤回

昨日、トランプが金に関税を課すという内容について記事でまとめました。

 

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その記事の最後で、金取引に関税を課すというのは影響の大きい政策であり、撤回の可能性もあると述べましたが、本日、トランプは「金に関税を課さない」との立場を表明しました。

 

2024年にスイスから米国へ輸入された金は615億ドルに上ります。
今年は年初にロンドンからニューヨークへ現物金の大規模な移動があったため、それ以上の規模になっていたはずです。
そこに39%の関税を課すというのですから、その影響は非常に大きいものでした。
実際、市場が衝撃を受けたため、トランプは一歩引いた形です。

 

金への関税を課さないという方針に転換した後、金先物価格は前日比で2.5%下落しました。

金先物チャート

トランプは自分が間違っていると感じた場合、すぐに引き下がる人物です。

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この行動はTACO(Trump Always Chickens Out、トランプはいつもビビッて引き下がる)と揶揄されていますが、投資の観点から見ればそれが正解です。

損失は小さいうちに素早く損切りし、利益はできる限り大きく長く伸ばす。

これが賢い投資であり、トランプはいつもそれを実行しています。


トランプは政治を投資のように行っている唯一の人物かもしれません。

その異質さゆえに世界中から批判を浴びることが多いですが、彼の行動を理解すれば、市場で先回りして利益を手にすることができます。

トランプ、金(ゴールド)に関税(スイス、ニューヨークとロンドン)

米国国土安全保障省 税関・国境取締局 (CBP)の通関確認書で、1kgおよび3.1kgの金塊が関税対象となっていることが確認されたと、フィナンシャル・タイムズが報じました。
関連内容を整理してみたいと思います。

 

2025年2月、米国と英国の間で金価格の大きな乖離が発生しました。
世界で金が最も多く取引されるハブ取引所は2か所あり、それがニューヨークとロンドンです。
米国には金先物市場であるニューヨークCOMEXがあり、ロンドンには金現物市場があります。

2025年1~2月、ニューヨークの金先物価格は11%上昇しましたが、ロンドンではそれほど上がりませんでした。
その結果、両市場の価格差は20~60ドルに広がりました。
ニューヨークで金が高く売れる場合、ロンドンで金を購入してニューヨークで金先物を売れば、その差額分の利益を得ることができます。


イングランド銀行から金を引き出して運搬する過程で費用はかかりますが、その費用以上に価格差が大きければ金塊の移動が発生します。

ただし、実物の金を移動させる場合でも、英国から米国へ直接送ることはありません。
これは、ニューヨークとロンドンの金市場で標準とされる金塊のサイズが異なるためです。
ロンドンでは12.4kgの大型金塊が標準で、現物取引を行う顧客は大手機関が多く、大型金塊が主流です。
一方、ニューヨークCOMEXでは比較的少額単位の先物取引が中心で、3.1kgの小型金塊が標準です。

つまり、ロンドンからニューヨークへ金を送るには規格を合わせる必要があります。


ロンドンのイングランド銀行から現物金を引き出し、ニューヨーク市場で取引されるサイズに再加工して送るのが一般的です。
こうした金塊の再加工を担っているのがスイスです。
スイスは世界の金塊再加工の70%以上を行っており、精密な工程で純度検証と認証を経て、両市場の要件を満たしています。

 

米国で金に関税が課される可能性が浮上し、2025年1~2月の間に英国から米国へ393トンの金が移動し、この2か月間でニューヨークCOMEXの金在庫は926トン増加しました。
JPモルガンやHSBCなどが保有する民間金庫へ輸送された分まで含めれば、米国へ移動した量はさらに多かったはずです。
JPモルガンは2025年2月だけで40億ドル相当の金をニューヨークへ運ぶ計画を明らかにしています。

 

金も原材料であるため、関税の対象となり得ます。
金に関税がかかれば、その分販売価格は上がります。
米国に輸入される金が関税適用のリスクにさらされるなら、関税が発生する前に先んじて米国に金を送る必要が出てきます。

 

今回関税が適用された金塊は、ほとんどがスイスで再加工されて輸出されたものです。
スイスは3.1kgのほか、富裕層個人向けに1kgの金塊も輸出しています。
米国がこれをスイスからの輸出品と認定すれば、39%の関税が課されます。

以前の記事でも触れたように、トランプはスイスの製薬会社にも圧力をかけてきました。

スイスの輸出のうち、30.4%を占める第1位の輸出品目が金であり、17.0%を占める第2位が医薬品です。
米国の政策に同調しない国がどうなるのか、スイスを見せしめにしているようにも感じられます。

 

このように、金塊への関税は「今後課す」という話ではなく、すでに関税が課されていることが確認されました。
一部の金塊に限られますが、金取引に税金を課すというのは、金への投資需要を冷え込ませる可能性があります。
ただし、影響が大きい政策であるため、撤回される可能性もあります。
もしこのまま実行されれば、その反射的な恩恵は仮想通貨が受ける可能性が高いです。

トランプが薬価を引き下げようとする理由(PBM、ユナイテッドヘルスケア、スイス関税)

アメリカの医療市場に変化があり、その関連内容を整理してみたいと思います。

 

アメリカは世界で最もインスリンが高い国です。
インスリン標準用量の価格は、オーストラリア6.9ドル、イギリス7.5ドル、ドイツ11ドル、カナダ12ドル、日本14.4ドル程度ですが、アメリカはなんと98.1ドルです。

インスリンはカナダのフレデリック・バンティングという人が糖尿病に効果があることを世界で初めて発見し、普及しました。
バンティングはインスリン特許で金を稼ぐよりも、糖尿病患者が苦しみから解放されることを望み、インスリン特許をわずか1ドルでカナダのトロント大学に売却しました。
その結果、インスリンには特許使用料がなくなり、カナダではどの薬局でも35ドルで1か月分のインスリンが購入できるようになりました。

 

ところが、カナダで35ドルで買える1か月分のインスリンが、アメリカでは2,000ドル以上もします。
アメリカもカナダ同様、インスリン特許が高額である理由はありません。


しかしアメリカでインスリンが高い理由は、アメリカの製薬流通構造にあります。

アメリカにはPBM(Pharmacy Benefit Management)という民間組織があり、保険会社に代わって製薬会社と薬の価格や使用を交渉します。
PBMは特定の病気にどの薬を使うかを決め、薬価を交渉し、薬の使用に関する審査評価を行います。
PBMの権力は、薬の使用リストを決定する役割にあります。


PBMは保険会社に対し、病気ごとにどの薬を使うべきかの指示を出し、指示を受けた保険会社は病院に特定の薬を優先処方するよう指示します。
結果として、病院はPBMの指示に従って薬を処方することになります。

アメリカの薬の定価は、製薬会社の薬価+保険会社の払い戻し額+PBMの手数料で構成されます。

 

例えば、患者が100ドルの薬を処方されて購入し、保険適用を受けると、まず100ドルが保険会社から製薬会社に支払われます。
製薬会社は自社の薬価40ドルを差し引いた60ドルをPBMに渡します。
PBMはそこから6ドルの手数料を取り、残りの54ドルを保険会社にリベートとして返します。

保険会社は100ドルを製薬会社に払っても、54ドルをリベートで回収できるため、実際の支出は46ドルとなります。
この構造から、保険会社は多くのリベートを返してくれるPBMと契約する方が有利になります。

 

PBMの競争力は、どれだけ製薬会社から金を引き出し、保険会社と分け合える構造を作れるかにかかってしまっているのです。

製薬会社の売上を伸ばすには、PBMが作成する処方リストに自社の薬を載せ、かつ上位に表示させる必要があります。

食べログのランキング上位に載れば有名になり売上が伸びるのと同じく、薬も処方リスト上位に載るほど多く処方され、販売量が増えるのです。

 

製薬会社がPBMや保険会社と共生する方法は、薬の定価を引き上げることです。
定価を100ドルから200ドルに上げれば、PBMはより多くの手数料を得られます。
保険会社もリベートが増えるため得です。
製薬会社もPBM手数料や保険会社リベートを多く払うことになりますが、それ以上に薬価が高くなるので損をしません。
つまり薬価を上げれば、PBM、製薬会社、保険会社すべてが得をする構造です。
しかし薬価上昇の負担は保険料に反映され、国民が背負うことになります。
これがアメリカの薬価が異常に高い理由です。

高額な保険料を払える人は、薬価が上がっても自己負担額が大きく変わらず、保険適用で問題ありません。
しかし保険がない人や、保障が薄い低価格保険に加入している人は深刻です。

 

トランプはこうしたPBM・保険会社・製薬会社の共生構造を、第1期政権時から壊そうとしてきました。
2017年に薬価引き下げ公約を発表し、2019年にはPBMのリベート禁止の大統領令に署名しました。
2020年にはアメリカの薬価を世界で最も低くする「薬価最恵国政策」を発表しました。

 

しかしトランプは再選に失敗し、バイデン政権ではこの薬価引き下げ政策は取り消し・延期されました。
もちろんバイデンも薬価引き下げを試み、インフレ抑制法によりインスリン価格の上限を月35ドルに固定する案を出しました。
35ドルは、カナダの薬局で処方箋なしに1か月分のインスリンを買える価格と同水準です。

 

しかし下院を通過した法案は、民主党が多数の上院を通過する過程で修正され、メディケア加入者(65歳以上)に限定されました。
つまり65歳未満の糖尿病患者は高額な薬価をそのまま負担し続けることになったのです。
結果的に、アメリカ製薬会社の強力なロビー力を見せつける結果となりました。

 

大統領選が近づき、支持率で遅れを取ったバイデンは焦りを見せます。
どれほど製薬会社がロビーをしても、大統領職とは比べものにならないでしょう。
再選のため、バイデンは糖尿病薬について65歳以上に限らず、全保険加入者を対象に月35ドルにするよう製薬会社に圧力をかけました。

 

さらにインフレ抑制法には2026年から実施される重要な規定があります。
それはPBMだけでなく政府も薬価交渉に関与できるようにすることです。

特許薬も例外ではなく、特許期間が15年なら8年までは特許を認め、9年目から政府が薬価交渉できるように規定されています。
政府が関与すると最大60%の薬価引き下げが可能とされています。
新規特許期間も20%短縮され、新薬を開発した製薬会社の独占期間は短くなります。

年間10億ドル以上売れる特許新薬は15種類あり、そのうち12種類は2030年前に特許が切れ、多くが薬価交渉の対象となります。

 

しかしバイデンが再選に失敗し、第2期トランプ政権が始まりました。
トランプは第1期で中断された薬価引き下げ政策を再び掲げ、2025年5月12日に以下のコメントと共に大統領令に署名しました。
「歴史上、最も重要な大統領令の一つに署名する。処方薬と医薬品の価格は即座に30〜80%引き下げられるだろう。アメリカ国民は世界で最も安い国と同額しか支払わなくなる。この措置により、アメリカはついに公正な扱いを受け、国民はこれまで想像できなかった水準で医療費を削減できるだろう。」

この大統領令の柱は、PBMの中間流通構造改革と、国際最低水準の薬価にアメリカの薬価を連動させることです。


バイデンが終盤にインスリン薬価を下げるため製薬会社を圧迫しましたが、製薬会社は抜け道を使い、国民負担は依然大きいままです。

例えば糖尿病薬ジャディアンスは、日本で月35ドル、スイスで70ドルですが、アメリカでは現在も611ドルです。


トランプは「製薬業界の政治資金は驚くべき力を持つが、私にも共和党にも通用しない」と述べ、お金に屈服せず方針を変えない姿勢を示しました。

製薬業界は「薬価を下げれば低所得者向け保険プログラムから撤退する」と反発しています。
彼らは薬価引き下げが製薬の革新を阻み、R&D投資減少につながると主張しますが、
トランプは「世界は長年、アメリカの薬価が他国より高い理由を疑問視してきた。製薬会社は長らく理由をR&Dコストだと言い、全てをアメリカ国民が負担してきた」と反論しています。

 

薬価引き下げから始まったトランプと製薬業界の戦いは、医療業界全体へと拡大しつつあります。
アメリカには65歳以上に政府運営の医療保険(メディケア)もありますが、民間医療保険が主流です。

民間医療保険会社は保険・医療サービス・医療情報を統合し、利益を最大化しています。
昨年12月、ユナイテッドヘルスケアのCEOであるブライアン・トンプソンがニューヨーク中心部の路上で銃撃され死亡しました。
犯人は「こうした寄生虫は代償を払うべきだ」というメッセージを残し、薬きょうには「遅延」「拒否」「防衛」という言葉が刻まれていました。
これらの言葉は民間医療保険会社が保険金請求を拒否する手口です。

 

ユナイテッドヘルスケアは米最大の民間医療保険会社で、人口の15%にあたる5,100万人が契約者、年間保険料は3,000億ドルに上ります。
同社は薬局、医療サービス、医療情報企業などを子会社として保有しています。
Optum Healthは、9万人の医師を雇い、遠隔医療や医療金融などを提供しています。
Optum RX、はPBM企業で、Express Scripts、CVS Healthと並ぶ米3大PBMの一角を占め、この3社でPBM市場の80%を占有します。
Optum Insightは、病院から得た医療データを保有し、3億人の健康情報を管理しています。
こうした情報は保険金支払い判断に活用されます。

 

米民間医療保険の保険金支払い拒否率は平均15%で、主要国の中では高めです。
ユナイテッドヘルスケアはその中でも特に高く、トンプソン就任後には拒否率が32%に上昇しました。
拒否によって利益は増えましたが、悪名も高まり、これが銃撃の原因となったとされます。

トンプソン死去後、ユナイテッドヘルスケアグループのCEOであるアンドリュー・ウィッティは「彼の遺産は継続されるべき」と述べ、複雑な支払い基準と情報活用による拒否政策を継続することを宣言しました。
近年はAIも導入し、処方や支払い拒否に利用しています。

 

このように悪名高いユナイテッドヘルスケアですが、病院や医師との契約数が多いため、やむを得ず選ばざるを得ないケースが多いのです。
アメリカでは病院や医師によって提携する保険が異なり、契約がなければ保険適用されません。
そのため契約数の多い1位の保険会社を選ばざるを得ない構造です。

 

このような米国の薬価・医療問題は、米国国内だけ努力では解決できません。
ロシュ(Roche)やノバルティス(Novartis)は世界の新薬パイプラインの15%を占めるグローバル製薬大手で、本社はスイスです。
彼らはEU向けより米国向けの薬を2倍以上高く販売しています。

 

スイスは米国に1,500億ドルを投資する代わりに関税を10%にするよう求めましたが、トランプは39%を課しました。

以前の記事で解説したように、台湾の高関税の背景が半導体だったとすれば、スイスへの39%関税は高薬価が理由です。

 

米国民の立場から見れば、トランプの方針を支持せざるを得ません。
しかし彼が政治的影響力の強い製薬大手や民間保険大手に対して行政命令を貫けるのか、それともロビーで方針転換するのか、今後の展開が注目されます。

トランプは国内では大統領令、国外では関税を武器に、自らの政策を押し進めています。

トランプが指名した新FRB理事、スティーブン・ミラン(100年無利子国債)

米連邦準備制度(FRB)のクーグラー理事は、任期が2026年1月末まででしたが、2025年8月に早期辞任の意向を表明しました。
任期も残りわずかであり、今秋学期からワシントンD.C.のジョージタウン大学教授に復帰するため、早期辞任を決めたとのことです。

 

FRB理事は7名で構成され、任期は14年です。
パウエルもこの7名の理事の1人であり、理事長(FRB議長)を務めています。
今回退任するクーグラー理事の後任をトランプが指名すれば、7名中3名がトランプの任命者となることになります。

 

クーグラー理事の後任としてトランプが指名したのが、「スティーブン・ミラン」です。

スティーブン・ミラン

 

ミランはホワイトハウス経済諮問委員会(CEA)の委員長を務めています。
2005年にボストン大学を卒業し、2010年にハーバード大学で経済学博士を取得しました。

その後、ヘッジファンドのハドソンベイ・キャピタルで主席ストラテジストとして活躍しました。
2020年にはスティーブン・ムニューシン財務長官の経済政策顧問として政界入りし、トランプの経済ブレーンとなった人物です。

 

ミランは2024年11月、41ページに及ぶ斬新な報告書を発表しました。
内容があまりに衝撃的だったため、「ミラン論文」という通称で広まりました。
内容のポイントは、米国債発行による米国の債務を、米国の力を利用して債務再編すべきだという提案です。

 

実際、米国の国家債務は耐え難い水準にまで膨らんでいます。

米国の国家債務推移

 

米議会予算局(CBO)は、2025年には債務返済費用が国防費を上回ると予測しています。
米政府は今後10年間で国債の利払いだけで12兆4,000億ドルを支払わなければなりません。

低金利時代に発行された長期国債の比率は減少し、高金利の国債の比率が増加する中で、利払い負担は急増しています。

ミランは、既存の米国債を無利子・100年償還の国債に置き換えることで、利払いを減らしていくべきだと提案しています。
その主要な対象は、米国に対して貿易黒字を出している国々です。

 

普通なら、利子を支払わず元本を100年後に返すような国債を買う国は存在しないはずです。
しかしミランは、米国の力を利用すれば、そうした国債を買う国が現れると主張します。
その力の源が、米国の安全保障と関税です。

 

米軍が防衛する代わりに防衛費の負担増を求め、その上で100年無利子国債の購入を要求する、または高関税を課した上で、それを引き下げる代わりに100年国債を提示するという戦略です。

 

米国の安全保障は、世界最強国による防衛というサービスの対価ともいえます。
そして米国が深刻な貿易赤字と国債金利負担を抱えているのも事実であり、米国の犠牲を一部負担する形で上記の要求に応じることもあり得ます。

 

しかし問題はその後です。
元本を100年後に返し、利子もつかない国債は価値が極めて低く、現在の米国債のように必要な時に売却して外貨危機に対応することが困難です。


これに対してミランは、100年国債を購入してくれた国には、その額に相当するドルのスワップラインを提供し、外貨危機の可能性を解消すればよいと述べています。

 

ミラン論文では、新規国債だけでなく既存国債についても提言しています。
外貨流動性枯渇への備えとなる準備資産を提供する代わりに「国債使用料」を課せばよいというのです。
例えば利子4%の国債であれば、使用料4%を徴収して利払いをゼロにするという論理です。

これが成功すれば、米国は国家債務から解放されるという歴史的な出来事となります。
そしてトランプは、自身のマールアラーゴ別荘からこれを発表し、2026年3月には主要国の財務大臣を招いて「マールアラーゴ合意」を取り付けることを、政策チームが真剣に検討しているとのことです。

 

こうした内容を考えている人物をFRB理事に指名するトランプも、ある意味で相当なものですね。

台湾が20%の関税を適用された理由(半導体、TSMC、インテル)

米国の台湾に対する関税率が20%と結構高い水準で発表されました。
アメリカの半導体に対する関税100%については、台湾のTSMCには適用外という発表もありますが、結局のところ、TSMCと半導体が問題の根源であると見られます。
関連する内容を整理してみたいと思います。

 

TSMCは1987年に台湾の国営企業として設立されました。
1992年に民営化されましたが、台湾政府が7%の株式を保有しており、政府が実質的な大株主である企業です。

 

TSMCの強みは、他社から設計図を受け取り、半導体を受託生産する点(Foundry、ファウンドリ)にあります。
製造業の歴史を見ると、後発企業が先進企業の製品を受託生産する中で技術力を高め、自社開発へと成長していくケースが多くあります。

例えばアメリカのアップルの立場から見ると、韓国のサムスン電子のファウンドリに受託生産を依頼するのは、スマートフォンの競合企業であるため技術流出の懸念があります。

一方、TSMCはあくまで受託専業を貫く方針のため、TSMCに生産を任せる方が安心できるのです。

 

intelとTSMC

こうしたTSMCの成長において、インテルの存在が不確定要因となっています。
アメリカの半導体大手であるインテルは、巨額の資金を投入したにもかかわらず、1.8ナノのファウンドリ開発に失敗し、ファウンドリ事業の売却まで検討していた状況です。

 

しかし、アメリカ政府の立場からすれば、外国企業のアメリカ工場よりも、アメリカ企業のアメリカ工場を優先するのは当然のことです。


インテルは過去のCEOの誤った判断によって弱体化しましたが、そのまま倒産させるのは容易ではありません。
軍に関連する半導体など、アメリカ国内の極秘技術はインテル以外の企業ではセキュリティ上の問題から生産できないためです。

 

このような状況の中、アメリカは台湾に対し、関税を20%から15%に引き下げる条件として、「インテル51%、TSMC49%」の合弁会社設立を提示しているとされています。
しかし、台湾側はアメリカへの投資や市場開放、アメリカ産車の輸入、アラスカ産LNGの購入などはすべて受け入れるとしながらも、インテルとTSMCによる合弁会社の設立だけは受け入れられないと回答したとのことです。

 

ところが、台湾全体の国益ではなく、TSMC単体の立場から見ると、台湾国内での工場拡張にも課題があります。
台湾では電力需要は急増しているのに、電力供給は減少しており、電力不足が深刻で電気料金も急騰しています。
さらに台湾は日本と同様に地震が多い国であり、地震が発生するたびに半導体のウェハーはすべて廃棄しなければならないという問題もあります。

台湾の電力や地震関連の内容は過去の記事にもまとめたことがあります。

tomotou.com

 

TSMCが通常の民間企業であれば、電気が豊富で安いアメリカへ移転するのが合理的な選択かもしれません。
しかし、民営化されたとはいえ実質的には国営企業であるため、TSMCの海外移転は容易に選べる選択肢ではありません。


インテルが51%を保有するアメリカ国内の半導体ファウンドリ合弁企業設立という要求を台湾が受け入れられないことが、台湾が高関税を適用された理由だと思います。

ジャクソンホール会議が近づいている

毎日本当に暑い日が続いていますね。
熱中症にはくれぐれもお気をつけください。

8月はアメリカもバカンスシーズンのため、FRBのFOMCは開催されません。
ちなみにFOMCとは、Federal Open Market Committeeの略で、FRBの金融政策を決定する機関です。

FOMCが開かれないため、市場の関心はジャクソンホール会議に集まります。

ジャクソンホール

ジャクソンホール会議とは、米国のカンザスシティ連邦準備銀行が1978年から毎年8月に開催している年次経済政策シンポジウムです。
主要国の中央銀行総裁や経済学者が、米ワイオミング州の田舎のリゾート地ジャクソンホールに集まり、経済政策に関する意見を交わします。

ちなみにジャクソンホールは、米大富豪ロックフェラーが周辺山岳地帯の不動産の大半を買い取り、「自然をそのまま保存する」という条件で市に寄付した土地です。
寄付された土地なので開発もできず、今でも田舎のように静かな場所です。

今年も8月21日から23日にかけてジャクソンホール会議が開催されます。
パウエルがFRB議長として出席する最後のジャクソンホール会議となります。
9月16日〜17日に行われるFOMC定例会合に先立ち、このジャクソンホール会議でのパウエルの発言から、利下げなどの方向性を把握できます。

ジャクソンホール会議を主催するカンザスシティ連銀は、2025年の会議テーマを興味深く設定しました。
テーマは「転換期の労働市場:人口動態、生産性、そしてマクロ経済政策」です。

最近の雇用統計で、新規雇用の予測値と実測値が大きく乖離し、関連責任者がトランプに解任されるなど、大きな騒ぎがありました。
労働市場と統計がテーマとなっているため、この問題も自然と議論されることになりそうです。

パウエルは7月30日のFOMC記者会見で「労働市場は堅調」と述べ、9月の金利については「まだ何も決定していない」と回答しました。
しかし今回の統計の誤差により、「労働市場が堅調である」という前提が崩れたため、利下げをしない理由はなくなりました。

FOMC内部の雰囲気も変わりつつあります。
7月30日のFOMCでは、2人の理事が利下げを主張してパウエルに反対票を投じ、FRB内のタカ派であるクーグラー理事が早期辞任を表明しました。
もしトランプがクーグラー理事の後任を任命すれば、FRB理事7人中3人がトランプ派となります。

パウエルが退けば、4対3で勢力が逆転します。

過去のジャクソンホール会議を振り返ると、2021年の会議でパウエルは「インフレは一時的なもの」と発言しました。
この誤判断により、FRBは適切な利上げのタイミングを9カ月も遅らせるという致命的なミスを犯しました。
パウエルにとって、2021年のジャクソンホール会議は人生最悪の黒歴史といえるでしょう。

2022年の会議では態度を変え、インフレ抑制のためにあらゆる手段を講じると強硬な発言をし、2022年から2023年にかけて世界の株式市場が暴落しました。


2023年の会議ではインフレ目標を2%とする方針を示し、2024年の会議では利下げが主要テーマでした。
2024年8月のジャクソンホール会議で「政策を転換する時が来た」として、9月に利下げを行うと宣言します。
この発言を受け、2024年後半から米国株式市場は再び急騰しました。

このように、毎年8月のジャクソンホール会議は世界経済の方向性を示す重要な場です。
雇用統計が間違っていたことが判明した以上、通常であれば利下げの方向性を示すはずです。

しかし、2021年のインフレ判断ミスや、昨年の米大統領選前に利下げを行いながらトランプ当選後は世界各国が複数回利下げする中で米国だけが利下げをしなかった経緯を考えると、パウエルは政治的かつ独断的な人物と評価されても仕方がありません。

さらに2025年は、パウエルがFRB議長として最後にジャクソンホール会議に出席する年でもあり、これまで言えなかったことを遠慮なく発言する可能性もあります。
雇用の縮小を認めつつも、「インフレはまだ抑え込めておらず、再び上昇する可能性がある」と発言する可能性も否定できません。

個人的には、2025年後半の金融市場の最後のフィナーレに向けて、利下げを言及してくれることを願っています。