投資アイデアにつながる健康関連の話題があったので、まとめてみました。
いつものように話が長くなるので、結論だけ見たい方は最後の方をご覧ください。
1956年、アメリカのコーネル大学で奇想天外な動物実験が行われました。
生きたマウス2匹の脇腹を縫い合わせ、血管をつなぎ合わせた実験です。
若くて健康なマウスと、老いて病気のマウスの血管をつなげ、その後の変化を観察しました。
時間が経つにつれて、年老いたマウスは健康を取り戻し若々しくなり、一方で若いマウスには通常よりも早い老化が見られました。
しかし、当時の技術の限界により、実験はこれ以上進むことができず、廃棄されました。
それから48年後の2004年、米国ハーバード大学幹細胞再生生物学部のエイミー・ウェザーズ(Amy Wagers)は、過去のマウス実験を再開しました。
過去のマウスの研究結果が偶然なのか、何か原因があるのか気になったのです。
ところが、2004年のマウス実験も1956年の実験と同じ結果が得られました。
2000年代には分析技術が格段に向上し、より正確な原因を突き止めることができました。
ウェイザーズは、若いマウスの血液には多く含まれ、老いたマウスでは稀にしか見られないタンパク質を一つ発見します。
それは「GDF11」というタンパク質です。
GDF11は、組織を再生する幹細胞の働きを活性化した状態に保つ役割を担っています。
GDF11が少なくなると、組織の再生が遅くなり、老化が進むことがわかったのです。
若いマウスの血液を老いたマウスに入れるマウス実験は、現在も多くの研究室で再現できています。
2023年、ハーバード大学が発表した他の実験結果が再び注目を集めました。
今回は、遺伝子が完全に一致する双子のマウスを対象に実験を行いました。
正常に老化が進んだ1匹は、毛が白くなり薄毛も目立ち、年齢を重ねたことが一目でわかりました。
一方、GDF11を注入されたもう1匹は、黒くふさふさした毛並みを保ち、脳や筋肉、腎臓の組織が若返り、失明していた目も回復しました。
上記写真がその双子のマウスです。
ハーバード大学の研究チームは、マウスの次にサルを対象にさらなる実験を行っています。
単純に長生きすることは良いことばかりではありません。
単純に長生きする身体寿命と、健康状態が維持される健康寿命(health span)は全く別の意味です。
身体寿命だけが長く、健康寿命が短いということは、病気を抱えながら長生きするということです。
病気のまま長生きする高齢者が増えれば、社会は病気の高齢者の延命費用に莫大な社会的コストを支払うことになります。
単純に長生きするのではなく、老化が中断または逆転して健康寿命が長くなることで、社会的コストの増加をある程度減らすことができます。
老化さえ止められれば、身体器官の故障は心配する必要がない時代が近づいています。
肝臓や腎臓はクローン臓器が作られ始めており、皮膚も幹細胞で作られています。
「オルガノイド(organoid)」とは、幹細胞から作られた人間の臓器に似たミニ臓器を意味します。
オルガノイドは臓器を意味するorganと、似ているという意味のoidの合成語です。
オルガノイドを活用して生命延長を推進する「2045イニシアチブ」というプロジェクトが進められています。
2045イニシアチブは、ロボット工学、神経、オルガノイド製造などの専門家を集め、2045年には私たちの体を人工物に置き換えることを目標としています。
人工臓器で少しずつ修理するのではなく、体そのものを丸ごと変えるというものです。
2045イニシアティブプロジェクトの課題は、人間の意識です。
人間の意識自体は脳に繋がっており、これまで生きている人の脳を移植することに成功した例はありません。
人間の意識を移す研究は、アメリカのMIT出身のスタートアップであるネクトム(Nectome)で行われています。
Nectomeは、人間の脳を保存した後、ニューラルネットワークマップを活用し、脳内の情報をデジタル化し、意識をコンピュータの中に保存するサービスを準備しています。
現在注力しているのは脳の保存で、脳の動脈に特殊な溶液を挿入し、体を凍結状態にし、脳を無傷で保存した後、脳の中の情報を移すというものです。
これまでにも様々な冷凍人間プロジェクトがありましたが、ネクトムが他社と異なるのは、体全体ではなく脳に焦点を当てている点です。
ネクトムはウサギに続き、豚の脳を使った冷凍・解凍実験を行っています。
ウサギと豚の脳の場合、冷凍後解凍しても脳の中の神経とシナプスが完全に保存されていることが確認されたそうです。
ネクトムは米国国立精神保健研究所から助成金を受け、MITの神経学者エド・ボイデン(Edward Boyden)と共同でプロジェクトを進めています。
ネクトムはもちろん動物だけでなく人間を対象とした実験も準備しています。
余命宣告を受けた方の中から希望者を募り、実験が実施される予定です。
余命宣告を受けた24人以外にも、まだ体にまったく問題がなくても後程自分を実験体として使ってほしいと事前に頭金を支払った人もいます。
それはChatGPTを作ったOpenAIのサム・アルトマンです。
人工体を作りそこに脳の情報を移植する方法とは別の方法でも、生命延命の研究が行われています。
グーグルの共同創業者であるセルゲイ・ブリンはアメリカの製薬会社アブビー(abbvie)とプロジェクトキャリコ(Project Calico)を進めています。
数十億ドルが投資されているプロジェクトキャリコの目標は「死の完治(cure death)」です。
つまり、永遠の命を目指すということです。
プロジェクトキャリコのやり方は簡単です。
先ほど説明したGDF11を錠剤にすることです。
私たちの知らないところで、老化研究は活発に行われています。
老化研究そのものよりも、その過程で開発された人工臓器であるオルガノイドが動物実験で先に活用されるようです。
なぜなら、医薬品開発の目的で動物実験を行うことが難しくなってきているからです。
医薬品の動物実験は、人を対象に臨床実験を行う前に、薬物の毒性を人間に似た動物に事前に確認するプロセスです。
人への投与に先立って最低限の安全性検証を行うことが目的ですが、その過程で毎年5億匹以上の動物が使用されています。
新薬承認のために動物実験データを必須に要求していた米国FDAは、動物実験以外のデータも認める方向に変わりつつあります。
最近注目されているのは、動物の代わりにオルガノイドを使い、それとAIを組み合わせることです。
250匹のネズミと9ヶ月の期間必要だった研究を、50匹のネズミと1ヶ月の期間で同じような研究結果が得られるようです。
米国FDAとEUが同時にこの方法を推奨しているため、オルガノイドはさらに発展スピードが早くなる可能性があります。
単に寿命を延ばすのではなく、健康な状態で長く生きる「健康寿命」を延ばす研究には、大きな意義がありますね。
関連企業としてネクトム(Nectome)とアブビー(abbvie)があります。