トリウム原子炉とは何か—中国が世界初の商業化に踏み出す理由と、その技術的・経済的背景
中国がゴビ砂漠で世界初となるトリウム原子炉の試験稼働を開始し、2029年までの商業化を目指しています。「トリウム原子炉」という言葉はまだ耳慣れない方も多いかもしれませんが、その歴史は意外にも半世紀以上前に遡ります。なぜ今、中国がこの技術を推進しているのか。希土類(レアアース)という別の産業との深い関係も含め、仕組みと背景を整理してみます。
トリウム原子炉の歴史——最初に開発したのはアメリカ
トリウム原子炉はもともと中国が発明した技術ではありません。1965年、アメリカのオークリッジ国立研究所がトリウム原子炉を完成させ、4年間の試験運転を経て1969年に閉鎖しています。閉鎖の主な理由は、ウラン原子炉と比べて発電効率が劣っていたからです。

ウラン原子炉は連鎖核分裂が比較的容易に起こるため、燃料を補給しながら長期間にわたって安定した運転が可能です。一方、トリウムは中性子を吸収してウラン233(U-233)に変換されることで核分裂が持続する仕組みで、起動時に中性子を別途供給する工程が必要になります。設備が追加で必要になり、プロセスも複雑化するため、1970年代以降はアメリカでの研究が下火になっていきました。
アメリカに続いてトリウム原子炉を製造したのはドイツです。ドイツも実験用のトリウム原子炉を建設しましたが、球形に成形した燃料ボールが摩耗して放射性微粒子が放出されるという問題が生じました。チェルノブイリ事故直後という社会的に敏感な時期だったこともあり、この漏洩は大きく報じられ、反核運動の契機となって当該原子炉は閉鎖されることになります。このトリウム原子炉での事故と、その後の福島第一原発事故が重なり、ドイツが脱原発を決断する要因の一つにもなりました。
トリウム原子炉の仕組みと主な利点
皮肉なことに、ドイツで事故が起きる一方で、「連鎖反応が起きにくい」というトリウム原子炉の弱点が、むしろ長所として再評価されるようになりました。特に福島事故以降、原子炉の安全性が重視される流れの中でその評価は高まっています。
固有の安全性——止めれば止まる
ウラン原子炉は運転を停止しても核分裂が継続するため、冷却も止めることができません。これが福島事故の本質的な問題でもありました。トリウム原子炉は運転を止めると中性子の供給が途絶え、核分裂も自動的に停止します。そのため緊急停止後に大量の冷却水を必要とせず、冷却水が豊富な海岸沿いに立地する必要もありません。空冷程度で運転が可能なため、水資源が乏しい砂漠地帯でも建設できるというのは大きな実用上の強みです。
使用済み核燃料が大幅に少ない
ウラン原子炉では投入した核燃料の97%が使用済み核燃料として残ります。放射性廃棄物は数万年にわたって放射線を放出し続けるため、永久保管のできる最終処分場が必要で、これが原子力利用における長年の課題となっています。トリウム原子炉では使用済み核燃料の発生量が約3%にとどまり、しかも発生する廃棄物の80%は半減期が10年以内と短い。放射性廃棄物の処分という観点で見ると、その差は非常に大きいと言えます。
中国が推進する本当の理由——希土類との密接な関係
中国がトリウム原子炉を推進する背景には、安全性以外にも独自の経済的・資源的な事情があります。その鍵を握るのが、希土類(レアアース)の中でも特に重要な元素「ジスプロシウム(Dy)」です。
ジスプロシウムはEV(電気自動車)のモーターや風力発電機に不可欠な永久磁石の性能を大幅に高める元素で、近年の需要拡大で注目度が増しています。その主要産地である中国・江西省での採掘工程を見ると、問題の規模が見えてきます。
ジスプロシウムを含む丘の中腹に深さ3メートルほどの穴を掘り、硫酸アンモニウム溶液を流し込みます。崩れやすい砂粘土質の土地では酸性溶液が泥を溶かして泥漿状になり、それをパイプラインで流してプールのような施設で沈殿・分離し、希土類を取り出します。採取される量は全体のわずか0.2%。残り99.8%の土が廃棄物となって丘や川原に投棄され、十分に除去されていない酸が地下水や渓流に流れ込みます。住民は皮膚炎・呼吸器疾患・骨粗しょう症・各種がんに苦しみ、果樹は実をつけなくなると報告されています。
ジスプロシウム1トンを精製するごとに、75トンの酸性廃水・1トンの放射性廃棄物・大量の廃ガスが発生します。そしてこの放射性廃棄物の相当な割合がトリウムです。
中国の立場からすれば、希土類精製の過程で大量に副産物として生じるトリウムをそのままトリウム原子炉の燃料として活用できます。環境汚染問題を抱えながら大量のトリウムを産出し続けている中国にとって、トリウム原子炉の開発は廃棄物処理と資源活用の二つの課題を同時に解決する戦略的な選択でもあります。
中国の開発状況と今後の計画
中国がトリウム原子炉プロジェクトを正式に開始。
ゴビ砂漠(甘粛省武威市)で2MW規模の試験用トリウム原子炉の建設開始。
試験炉が完成。各種準備作業に入る。
運転許可を取得し、試験稼働を開始。世界初のトリウム原子炉稼働となる。
同じゴビ砂漠の敷地内に60MW規模の商業用トリウム原子炉を完成させ、商業運転を目指す。
他国が慎重な理由——コストと規制の壁
中国が積極的に動く一方で、他の国々の反応は総じて冷淡です。その背景にはいくつかの現実的な障壁があります。
まず、ウラン原子炉は長年の改良によって安全性が大幅に向上しており、数万点にわたる部品がすでに安全認証を取得済みです。トリウム原子炉を新たに開発するとなると、すべての部品を一つひとつ改めて安全審査に通さなければなりません。商業化の実績がないということは、原子力規制機関から建設許可を取得できないリスクも抱えることを意味します。コストがかさみ、失敗の可能性も排除できず、安全審査のプロセスを考えれば建設期間も長期にわたります。民間の原子炉メーカーが初期投資のリスクを引き受けるには、不確実性がきわめて高い状況です。
また、「トリウム原子炉」といえどもウランが不要なわけではありません。連鎖反応を経済的に維持するためには、5〜20%の濃縮ウランを同時に供給する必要があります。ウラン235で運転を開始し、その過程で生じる大量の中性子をトリウムに吸収させてU-233に変換し、それを燃料として使用するというプロセスです。利点は多い一方で課題も明確で、既存の原子炉メーカーが「なぜあえてトリウムなのか」という姿勢をとるのも、理解できる現実ではあります。
中国が開発を進められる理由の一つは、独自の基準と体制にあります。国際的な規制とは異なるアプローチが取れるからこそ、中国はトリウム原子炉の商業化に向けた実証を先行して進めることができています。
日本にとってのトリウム原子炉
日本の立場からも、トリウム原子炉にはいくつか注目すべき論点があります。
まず、トリウム系の使用済み核燃料は核兵器製造に適しません。トリウム系の廃燃料を用いた核爆弾は強いガンマ線を放出するため、起爆装置の誤作動を招き、容易に探知されてしまいます。核不拡散の観点からは好ましい特性ですが、一方でトリウムをU-233に変換するプロセスは核不拡散条約(NPT)の制約に関わる可能性があり、日米原子力協定との整合性も慎重に検討する必要があります。現時点では、技術的な選択肢として議論される段階にとどまっているのが実情です。
福島事故以降、原子力に対して慎重な姿勢をとってきた日本にとって、「運転を止めると核分裂も自動的に止まる」というトリウム原子炉の固有安全性は、制度上の議論とは別に技術的な関心を集める要素ではあります。しかし商業化に至るまでのコストと時間、規制面のハードルを考えると、当面は中国やインドといった事情を抱える国が先行する形が続きそうです。
中国以外の動向——インドの事例
中国以外でトリウム原子炉の研究を積極的に進めているのがインドです。かつて核兵器開発による国際制裁を受けたことでウランの調達に支障が生じ、その代替としてトリウム原子炉の研究を本格化させた経緯があります。インドは世界有数のトリウム埋蔵量を誇ることもあり、長期的なエネルギー戦略の柱として研究を続けています。
まとめ
トリウム原子炉は、ウランより埋蔵量が豊富で安全性が高く、使用済み核燃料も大幅に少なく、冷却水が限られた内陸部でも建設可能という複数の利点を持ちます。一方で、新型炉である以上すべての部品を一から安全認証に通す必要があり、コストと時間の負担は相当なものです。欧米の民間企業がリスクを取りにくいなか、中国は希土類精製の副産物であるトリウムの活用という独自の動機から、世界に先駆けて商業化へ踏み出しています。
誰かが先行投資のリスクを負って認証プロセスを突破すれば、トリウム原子炉に対する需要は確かに存在します。エネルギー安全保障や脱炭素の文脈で原子力の役割が改めて問われる中、当面は中国とインドを中心とした動きになりそうですが、技術的な進展として注目し続ける価値のある分野です。