クジラと対話できる日は来るか —AIが解き明かすマッコウクジラの「言語」とCETIプロジェクト

 

クジラと対話できる日は来るか
—AIが解き明かすマッコウクジラの「言語」とCETIプロジェクト

SETIから地球へ——発想の転換

1960年、天文学者フランク・ドレイクらは宇宙から届く電波の探索を始めました。「宇宙のどこかに、私たちと同じような知的存在がいるのではないか」——その問いに答えるための試みでした。1984年にはSETI(地球外知的生命体探索)研究所が設立され、宇宙規模での探索が本格的な組織活動へと発展していきます。

転換点となったのは2017年です。ハーバード大学とMITの研究者たちが、ほぼ同じ時期に同じ着想に行き着きました。「遥か宇宙の知性体との交信を夢見る前に、地球上にすでに存在する別の知性体と話してみてはどうか」。その発想から生まれたのが、CETIプロジェクト(Cetacean Translation Initiative)です。

なぜマッコウクジラなのか

CETIプロジェクトが研究対象に選んだのは、クジラの中でもマッコウクジラです。理由は明確です。マッコウクジラは地球上で最大の脳を持つ動物であり、その重さは人間の6倍以上にのぼります。脳の大きさだけでなく、その使われ方にも注目が集まっています。

マッコウクジラは家族単位の群れで生活し、共同育児や協力した狩猟、高齢個体の介護といった高度な社会的行動を見せます。「大きな脳」と「複雑な社会構造」——この二つが重なるとき、知性と呼べるものが宿っている可能性は高いと研究者たちは考えています。

「コーダ」という謎のクリック音

CETIプロジェクトが特に注目しているのが、「コーダ(coda)」と呼ばれる音です。マッコウクジラが発するリズミカルなクリック音で、その組み合わせパターンが個体や群れによって異なることが以前から知られていました。研究者たちの間では長らく、このコーダが単なる位置確認や生理的な反応を超えた、複雑なコミュニケーション手段なのではないかという仮説が議論されてきました。

コーダの「音のパターン」は、文字の並びに例えると理解しやすいかもしれません。音の数・間隔・強弱の組み合わせが、特定の意味を持つ記号として機能している可能性があります。

カリブ海・ドミニカ近海での調査

マッコウクジラの群れが定期的に集まる海域として知られるのが、カリブ海のドミニカ近海です。研究チームはこの海域に水中マイクを設置し、呼吸のために海面に浮上するクジラへドローンでセンサーを取り付けるという地道な野外調査を続けています。

収集されるデータ量は膨大で、調査自体は順調に進んでいます。一方で当初の課題は、集まった音声データの解析速度が追いつかないことでした。手作業と従来の統計手法では、データの蓄積スピードに対して分析が根本的に間に合わなかったのです。

AIが変えた解析スピード

この状況を大きく変えたのが、機械学習を中心としたAI技術の本格導入です。音声パターンの分類・照合・異常検出といった作業をAIに委ねることで、解析のスピードと精度が飛躍的に向上しました。人間の耳では聞き分けられなかった微妙なパターンの差異も、AIは膨大なデータとの照合によって検出できるようになっています。

現段階の解析が示唆しているのは、「この深さに餌が多そうだから少し行ってくる」といった程度の具体的な情報交換がマッコウクジラ同士の間で行われている可能性です。もちろん断言には至っていませんが、コーダが情報を持つ「記号体系」として機能している可能性は、以前よりずっと現実味を帯びてきています。

3年で解読、5年で対話へ

CETIの研究チームは、このペースで解析が進めば3年以内にマッコウクジラの「言語」の解読に目処が立ち、5年以内に人間側からのアプローチによるクジラとの対話が実現できると見ています。もちろんこれは楽観的な見通しであり、実際には生物の複雑性がAIモデルの想定を超える可能性も十分あります。ただ、「クジラと話す」という命題が学術的な議題として成立し始めていること自体、一つの転換点です。

この研究が持つ意味は、クジラとの対話にとどまりません。AI×音声解析の組み合わせは、イヌやネコ、あるいは畜産現場でのウシやブタといった身近な動物の発声パターン解析にも応用できる技術です。「宇宙の外」に向けていた問いが「地球の中」に向かうことで、私たちは思いがけず、隣にいる命との新しい接点を手にするかもしれません。

まとめ

SETIの発想を地球上に転じたCETIプロジェクトは、AIを活用したマッコウクジラのコーダ解析を急速に進めています。3〜5年以内にクジラとの意思疎通が実現する可能性があり、その技術は他の動物コミュニケーション研究にも広がりを持ちます。