VisaとMastercardがステーブルコインで激突—クレジットカード70年史と決済の行方

 

クレジットカード市場に新たな競争が始まっています。VisaとMastercardの覇権争いが、ステーブルコインという新しいフィールドへと移りつつある今、その歴史と最新動向を整理してみます。

クレジットカードの誕生——財布を忘れた男が変えた世界

クレジットカードの歴史は1950年、ダイナースクラブカードから始まります。きっかけは些細な出来事でした。ニューヨーク在住のフランク・マクナマラが、レストランで食事を終えて会計しようとしたとき、財布を家に置いてきてしまったのです。この「財布忘れ事件」がひとつの発明につながります。

マクナマラは、現金を持ち歩かなくても信用によって支払いができる仕組みを考案しました。ニューヨークの27店舗のレストランと提携し、カードで食事代を立て替えて後払いにするビジネスをスタートさせます。当初は特定のレストランだけで使える限定的なものでしたが、やがてホテル・レンタカー・航空会社へと対応範囲が広がり、現在の多目的クレジットカードへと進化していきました。

なお日本においては、ダイナースカードはシティバンク(現シティカード)が長年ライセンスを保有し運営してきた歴史があります。現在は三井住友トラストクラブがダイナースクラブカードの発行元となっています。

BankAmericardからVisaへ——本格普及の立役者

クレジットカードという概念を世に広めたのはダイナースクラブでしたが、大衆に普及させた主役は別の企業です。1958年、バンク・オブ・アメリカがカリフォルニア州フレズノで「BankAmericard」という名前でカード事業を開始しました。

地域住民6万人にカードを無償配布するという大胆な手法で市場開拓を図りましたが、当初は大きな試練が待ち受けていました。後払いという概念に慣れていない住民が無計画にカードを使い続け、収入や信用状態を確認せずに配った結果、延滞が続出します。さらに偽造カードや不正利用も相次ぎ、偽造カードで決済して逃げるという手口が頻発しました。

それでもバンク・オブ・アメリカはカード事業を諦めませんでした。損失をすべて自社で引き受けながら、二つの大きな対策を打ちます。一つ目は信用評価システムの導入です。カード発行の際に顧客の収入・職業・返済能力を審査するようにし、現在のFICOスコア(日本の信用スコアに相当)の原型が生まれました。二つ目はIBMと共同で構築したリアルタイム承認システムです。加盟店と電算網を結び、取引承認をリアルタイムで処理することで不正利用を防ぐ仕組みを整えました。

この「信用評価・加盟店契約・リアルタイム承認」の三つが組み合わさることで不良債権率が下がり、事業として成立する見通しが立ち始めます。続く課題はグローバル展開でした。海外進出を本格的に検討し始めたとき、「BankAmericard」という名前がネックになります。アメリカに対して複雑な感情を持つ国にも進出しなければならない中で、社名に「America」が含まれているのは都合が悪い——そう判断した同社は、海外渡航時のビザ(査証)のように「世界中どこでも通用する」という意味を込めて、BankAmericardをVisaカードへと改名しました。

Mastercardの誕生——銀行連合が生んだ対抗軸

1966年、Visaカードがアメリカ国内でシェアを伸ばす姿に危機感を抱いた銀行グループが、共同でカードを作り始めます。最初は「Interbank Card Association(ICA)」という名称でしたが、硬すぎるとの判断から、グローバル決済をリードするカードという意味を込めて「Mastercard」へと改名しました。ここからVisaとMastercardの激しい競争が始まります。

Mastercardはアメリカ国内ではVisaに後れを取りましたが、参加銀行の数が多く、ヨーロッパへの進出をいち早く進めたことで対抗関係を保ちました。両社は競争に勝つために激しく戦い続け、今日に至るまで宿命のライバルとして並び立っています。

日本市場での両社の存在感

日本のクレジットカード市場では、VisaとMastercardはともに主要な国際ブランドとして広く浸透しています。Visaは国内シェアでトップクラスのブランドであり、Mastercardがこれに続きます。ただし日本にはJCBという独自のブランドが強い存在感を持っているため、他の地域とは少し異なる三つ巴の構図になっています。

海外旅行者の間では近年、リアルタイムの為替レートで決済・チャージができる「トラベルカード」の人気が高まっています。WiseカードやRevolut、ソニー銀行のVisaデビットカードなど、為替手数料が低く海外ATMでの引き出しにも対応したカードが普及し、空港の両替所や銀行窓口に並ぶ必要がなくなりつつあります。従来は為替手数料が割高で、しかも窓口が開いている時間にしか利用できませんでしたが、こうしたトラベルカードが旅行の必需品になってきています。VisaとMastercardの両ブランドは日本の主要カード会社と提携することで、海外でも国内のカードがそのまま使える環境を整えてきました。

ステーブルコインという新戦場

そして今、VisaとMastercardが最も激しく争っている領域が「ステーブルコイン」です。両社はステーブルコインを実際の通貨と同様に使えるようにすることで、決済ネットワークをさらに拡大しようとしています。

ステーブルコインのこれまでの弱点は、使える加盟店がほとんどなく、一般ユーザーには扱いにくい点でした。しかしそこにVisaとMastercardの使い勝手の良いプロセスとグローバルな加盟店ネットワークが組み合わさることで、新しい決済エコシステムが生まれる可能性が出てきました。

Visaの戦略

Visaは米ドル連動のステーブルコインUSDCを活用し、2025年には年間35億ドル規模のステーブルコイン決済を処理するまでになっています。クレジットカードの普及率がまだ低い中東・アフリカ地域を中心に展開を進めており、24時間365日・低コストの送金手段として訴求しています。

従来の国際送金はSWIFT網を経由するため、手数料が数千円規模かかるうえ、着金まで1〜3営業日かかっていました。USDCを使えば週末や祝日も関係なく即時送金が可能になり、手数料も100円以下に抑えられます。この差は、送金を日常的に利用する人々にとって非常に大きいものです。

Mastercardの戦略

Mastercardは2025年にステーブルコイン連動カードを発行し、加盟店でのステーブルコイン直接決済を実現しました。両社ともすでに実用フェーズに入りつつあり、単なる実証実験の段階を超えつつあります。

規制の壁——日本でのステーブルコイン活用はどこまで進むか

両社に共通する課題が、各国の規制リスクです。日本についても、ステーブルコインの活用にはいくつかのハードルがあります。

日本は2022年に資金決済法を改正し、2023年6月に施行することで、銀行や資金移動業者などが発行するステーブルコインに法的な位置づけを与えました。この点では世界的に見ても比較的整備が進んでいる国の一つですが、既存の決済インフラとの接続や海外送金への活用については、まだ課題が残っています。海外送金は外国為替及び外国貿易法(外為法)の規制下に置かれており、指定された手続きや機関を通じることが義務付けられています。

銀行法の観点からも、銀行やカード会社が仮想資産の精算業務を直接担うことには制約があります。日本の銀行・カード会社にとってこれは複雑な問題です。法整備が進めばカードの利用範囲が広がるメリットがある一方、VisaやMastercardがステーブルコイン直接決済を普及させると、消費者は国内カード会社の決済ネットワークを経由しなくてよくなります。カード会社が決済ルートから外れれば、加盟店手数料収入は減少し、加盟店との交渉力も低下します。国内銀行の海外送金手数料収入が減るという懸念もあり、法改正を望みながらも手放しには歓迎できないのが各社の本音のようです。


1950年にレストランでの財布忘れから生まれたクレジットカードは、信用評価システム・リアルタイム承認・グローバルネットワークという三つの革新によって世界的なインフラに成長しました。そのVisaとMastercardの競争が今、ステーブルコインという新しいフィールドへと移り始めています。ステーブルコインの弱点だった「不便さ」と「使える場所の少なさ」は、両社のシステムと加盟店ネットワークによって解消できる可能性があります。現状はアフリカや中東など規制の緩やかな地域から慎重に広がり始めている段階ですが、各国の制度整備が進むにつれて、私たちの日常的な決済のあり方が大きく変わるかもしれません。