トランプ流交渉術に世界が選ぶ2つの対抗戦略

トランプ大統領の行動パターンは、1987年に彼自身が著した『The Art of the Deal(取引の技術)』に照らし合わせると、ある程度の一貫性が見えてきます。同書に掲げられた11の交渉戦略を軸に、国際社会が採用している2つの対トランプ戦略(強硬な直接対峙と、戦略的な協調)を比較します。
『取引の技術』が示すトランプ交渉術の核心
トランプ大統領は1987年に出版した著書『The Art of the Deal』の中で、11の交渉戦略を体系的に整理しています。一つひとつを読み解いていくと、彼の言動の多くが実は首尾一貫したパターンに従っていることが見えてきます。
中でも外交・通商交渉において特に機能しているとみられるのが、第6・第7・第11の3戦略です。第6の「誇張して注目を集めよ」は、メディアを引きつけることが交渉を有利に進める手段になるという考え方です。自分のイメージを際立たせ、市場において重要な人物として認識させることが肝心だと説いています。第7の「相手を圧迫して主導権を握れ」では、まず極端な要求を提示し、そこから歩み寄る形で交渉を進める手法の有効性を強調しています。そして第11の「常に勝者の姿勢を崩すな」では、交渉が思い通りに進まない局面でも決して敗北を認めず、最後まで押し続けるべきだとしています。
実際にトランプがとる行動を観察すると、この3つの原則が繰り返し登場します。まず大げさな発言でメディアを引きつけ、極端な要求を先に提示してから後で妥協する。そして何があっても「うまくいっている、問題ない、勝っている」と発信し続ける——このパターンが基本軸となっています。
対トランプ戦略その1:正面から押し返す「ターンブル方式」
2024年6月、第1期トランプ政権(2017〜2021年)を直接経験したマルコム・ターンブル元オーストラリア首相(在任2015〜2018年)が、各国首脳に向けてトランプへの対処法を論じた寄稿を発表しました。その主張は明快です。
「世界の首脳たちはトランプに媚を売ってその怒りをかわそうとするが、そのような従順な姿勢は悪い戦略だ。大統領執務室でも他の場でも、圧力に屈することはさらなる圧力を招くだけだ。トランプの尊重を得る唯一の方法は、正面から向き合うことである」 ——マルコム・ターンブル元オーストラリア首相
ターンブルの論拠はシンプルです。直接的な物言いで強く出ると、最初はトランプが激しく反応するものの、怒りが収まった後はむしろそういう相手を一目置くようになる、というものです。
その根拠として挙げられているのが、米豪間の難民協定をめぐる実体験です。当時、トランプ側のスタッフから「難民協定の話は持ち出すな」と事前に釘を刺されていたにもかかわらず、ターンブルはあえてこの問題を提起しました。最初こそトランプは激怒したものの、通話の終盤には渋々ながら協定を維持すると答えたといいます。そしてその4か月後、ターンブルはトランプが妻メラニアに「ターンブルはタフな交渉相手だ」と評しているのを直接耳にすることになります。メラニアが「あなたにそっくりね」と返したというエピソードも添えられています。
ターンブルはこう総括しています。「トランプを動かしたければ、まず彼の尊重を勝ち取らなければならない。トランプはボスのように相手を屈服させようとし、屈服させられないときに初めて取引に応じようとする。だから各国首脳は、まず圧力に正面から対峙する必要がある」と。
対トランプ戦略その2:贈り物と協調で実利を引き出す「カタール方式」
もう一方のアプローチとして注目されているのが、カタールのやり方です。カタール王室はトランプに対し、4億ドル相当のボーイング747を贈ることを申し出ました。新品ではなく、王室が13年にわたって使用してきた機体ですが、中古とはいえ世界でも屈指の豪華な個人用ジェット機の一つで、寝室3室・専用ラウンジ・執務室を備えています。機体はすでにフロリダ州パームビーチの空港に搬入されており、トランプ自身もすでに機内を視察済みとのことです。
この贈り物にトランプが飛びついた背景には、新型大統領専用機(エアフォースワン)の納入が大幅に遅れているという事情があります。現行機は製造から40年以上が経過した老朽機で、ボーイングは当初2024年までに新型機を納入する予定でしたが、コロナ禍などの影響で2027年まで延期されています。老朽化の影響は実際のオペレーションにも及んでおり、2026年1月にはダボス会議へ向かう途中に電気系統のトラブルで引き返すという事態も起きています。
2026年1月23日には米空軍報道官が「大統領専用機の空白を埋めるため、暫定的な航空機の導入を速やかに進める。遅くとも今年の夏までに引き渡す予定だ」と発表しました。この暫定機こそが、カタール王室から贈られた機体だとされています。盗聴対策などの最低限のセキュリティ改修を施した上で、できる限り早くトランプが搭乗できる状態にするとのことです。
トランプ自身はこの件についてこう語っています。「賢くない人なら『タダの飛行機はいらない』と言うかもしれないが、私はそういうオファーを断る人間ではない。相手がパットを譲ってくれたときは『ありがとう』と言ってボールを拾い、次のホールへ向かえばいい。『いや、自分で打つ』と言うのは馬鹿げている」と。
このエピソードが示す通り、トランプは提案を受けたらすぐに取り込むスタイルの人物です。カタールはそこに着目し、贈り物をしてトランプの行動に協力することで実利を得る関係を構築しています。トランプが主導するガザ和平委員会にも、カタールはいち早く参加の意向を示し、中心的な役割を担っています。
2つの戦略をどう使い分けるか
ターンブル方式とカタール方式のどちらが正解か、という問いに対する答えは単純ではありません。強硬策ばかりでは関係がこじれるリスクがあり、一方で贈り物や迎合だけでは足元を見られかねません。
どちらか一方を固定的に使い続けることには限界があります。状況や局面に応じて2つのアプローチをバランスよく組み合わせること——それが、現実的な対トランプ交渉の戦略として機能しうるのではないでしょうか。
付記:『取引の技術』11の交渉戦略
以下は、トランプが1987年の著書で掲げた11の交渉戦略の概要です。
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大きく考えよ(Think Big)
目標は大きく設定するほど成果も大きくなる。歴史に残るような大きな取引に挑め。 -
最悪の事態を想定して備えよ(Protect the Downside)
上振れは自然についてくる。まず下振れのリスクを徹底的に管理することが先決だ。 -
撤退の出口を用意せよ(Have an Exit Strategy)
すべての交渉が成功するわけではない。失敗した場合に損失を最小限に抑えて撤退できる方法を事前に準備しておくべきだ。 -
市場とトレンドを把握せよ(Know Your Market)
交渉の舞台となる市場の動向と構造を深く理解することが、戦略の精度を左右する。 -
レバレッジを最大化せよ(Use Leverage)
相手が何を求めているかを分析し、自分の強みを最大限に活用する。相手の弱点を適切に活用することで交渉の主導権を握れる。 -
誇張して注目を集めよ(Enhance Your Reputation and Create Buzz)
メディアの関心を引きつけることは交渉を有利にする。自分のイメージを際立たせ、重要人物として認識させることが肝心だ。 -
相手を圧迫して主導権を握れ(Get the Best Deal and Push Hard)
まず極端な要求を提示し、そこから歩み寄る形で交渉を進めると効果が高い。 -
自信を持って行動せよ(Be Confident and Assertive)
弱さを見せず、自信ある態度を保ち続けることが交渉で有利な立場をもたらす。 -
機会を見極めて素早く動け(Be Opportunistic and Move Quickly)
チャンスを察知したら躊躇せず動く。機を逃すとそれだけで機会損失となる。 -
創造的な解決策を探せ(Think Outside the Box)
既存の枠にとらわれず、従来の発想を超えたアイデアで問題を解決することを常に模索する。 -
常に勝者の姿勢を崩すな(Always Win and Never Settle for Less)
交渉が思い通りに進まない局面でも、絶対に敗北を認めず最後まで押し続けるべきだ。小さな妥協に満足することは失敗に等しい。