
1. 台湾の「脱原発」とエネルギーミックスの理想と現実
2016年に民進党政権が発足した際、台湾当局は2025年までに原子力発電を段階的に廃止する方針を打ち出しました。この決定の背景には、日本や台湾で発生した大規模地震による原発への不安がありました。当時の目標は、エネルギー構成(エネルギーミックス)をLNG(液化天然ガス)50%、石炭30%、再生可能エネルギー20%へと転換することでした。
この計画に基づき、当時稼働していた6基の原子炉は2019年から順次停止し、90%以上完成していた新設原発の建設も凍結されました。その結果、かつて電力供給の12%を占めていた原子力は、2025年には事実上「ゼロ」となりました。
しかし、この野心的な計画は大きな壁に直面しています。脱原発は予定通り進んだものの、再生可能エネルギーの普及が当初の予測を大幅に下回っているのです。20%を目標としていた再エネ比率は現在11%にとどまっており、その不足分を補う形でLNG火力の依存度が急速に高まっています。
2. 頼清徳政権の苦悩と世論の変化
2024年に就任した頼清徳総統は、この「LNG偏重」の歪みを解消するため、国家気候変動委員会を設置し、原発再稼働の検討に着手しました。実際に2025年8月には、運転停止した馬鞍山原発の再稼働を問う国民投票が実施されました。
投票結果では、有権者の74%が再稼働に賛成票を投じ、原発立地地域でも過半数が賛成に回るなど、台湾世論は明らかに「原発容認」へとシフトしています。しかし、投票率が法的要件(全有権者の25%以上の賛成)に届かなかったため、再稼働の道は再び閉ざされました。
また、仮に政治的合意が得られたとしても、技術的な課題が残ります。長年の脱原発政策により、大学の原子力関連学科は縮小し、専門人材が海外へ流出したため、運用のための人的リソース確保が極めて困難になっているのです。加えて、日本と同様に地震大国である台湾にとって、原発回帰は常に安全性のリスクと隣り合わせというジレンマを抱えています。
3. ホルムズ海峡封鎖と「半導体王国」の危機
台湾のエネルギー供給における最大の急所は、LNGの貯蔵能力にあります。天然ガスは気化しやすく長期保存が難しいため、台湾の備蓄量はわずか11日分に過ぎません。これは、中国による海上封鎖や、現在懸念されているホルムズ海峡の封鎖が発生した場合、即座に電力供給が途絶することを意味します。
特に懸念されるのが、台湾の基幹産業である半導体への影響です。TSMC一社だけで台湾の全電力の12.5%を消費しており、2030年にはその比率が24%に達すると予測されています。膨大な電力を必要とするハイテク産業にとって、エネルギーの不安定化は致命的です。
現在、ホルムズ海峡の封鎖により、台湾のエネルギー確保は非常事態を迎えています。輸入依存度98%のLNGのうち、約30%が同海峡を経由しているため、現在の備蓄分では1ヶ月程度しか持ちこたえられません。石炭火力をフル稼働させ、TSMCなどの重要産業に電力を優先供給したとしても、猶予はあと2週間ほど延びる程度です。
4. JKM価格の急騰と日本のエネルギー安全保障への影響
この事態を受け、台湾側はなりふり構わずLNGの現物(スポット)確保に動いています。2026年3月、フィナンシャル・タイムズは「LNG運搬船が目的地を欧州からアジアへ急遽変更している」と報じました。台湾が高いプレミアムを上乗せして買い付けていることが背景にあると見られます。
この動きは市場価格に即座に反映されました。北東アジアのアジア向けLNG価格の指標であるJKM(Japan Korea Marker)は、2月初旬の12〜13ドル/MMBtuから、3月9日には24.8ドルと、わずか1ヶ月で2倍に跳ね上がっています。
【考察】
ホルムズ海峡封鎖の影響を最も深刻に受けているのは台湾です。4月までに事態が収束しなければ、TSMCの稼働を含めた世界的なサプライチェーンに激震が走るでしょう。
翻って日本にとっても、これは対岸の火事ではありません。日本もまた、ホルムズ海峡を経由する供給分が途絶するリスクを抱えています。台湾による「先制買い」の影響でスポット価格が高騰する中、日本のエネルギー安定供給をいかに維持するかが、今まさに問われています。