トランプがブラジルに対して50%の関税を予告しました。
その背景について整理してみたいと思います。
対立の発端はBRICSから
両国間の対立はBRICSに端を発します。
BRICSとは、ゴールドマン・サックスのジム・オニールがブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)の頭文字を取って作った言葉です。
2001年にこの言葉が生まれた当時、BRICSの世界GDPに占める割合はわずか8%程度でした。
しかし現在、BRICSは世界GDPの33%まで成長しています。
さらに人口面では、世界人口の42%にあたる32億人を抱える巨大な経済圏となっています。
BRICSはその規模をさらに拡大しつつあります。
イランとアルゼンチンが加盟申請を行い、UAE、アルジェリア、エジプト、インドネシア、カザフスタン、セネガル、ウズベキスタン、カンボジア、エチオピア、フィジー、マレーシア、トルコ、タイなども加盟を検討中です。
サウジアラビアは申請ではなく招待という形で加盟を果たしました。
中国とロシアの狙いはBRICS共通通貨
BRICSを主導する中国とロシアの最大の目標は、「BRICS共通通貨」の創設です。
2022年6月、中国・北京で開かれたBRICSフォーラムの基調演説でプーチンは、「BRICS主導の国際通貨を作ろう」と提案しました。
これはドルに代わる新しい国際通貨を生み出し、米国中心の国際経済秩序から脱却しようという試みです。
これに対し習近平は「世界経済の政治化、道具化、武器化、そして国際金融・通貨システムにおける主導的地位の利用は世界に災厄をもたらす」と米国を非難し、プーチンの提案に即座に同調しました。
プーチンの提案は具体的な段階を経て進められています。
まず第1段階として、BRICS諸国間の貿易決済を米ドルではなく人民元で行う計画です。
ただし原油取引は含めず、ペトロダラーに直接触れない形で人民元決済を推進しています。
これに最初に賛同した国がブラジルです。
さらにブラジルは、決済プラットフォームとして米国主導のSWIFTではなく、中国主導のCIPSを使用することを決定しました。
現在、原油代金を人民元で決済している国はロシア、イラン、ベネズエラの3カ国で、いずれも米国の厳しい制裁下にあります。
ブラジルはこの3カ国に次ぐ、制裁直前の段階にあると言えます。
ブラジルのルラ政権
ブラジルがこのような姿勢を取る背景には、政権交代の影響が大きいです。
現ブラジル大統領のルラは、主要企業の国有化、対外債務の返済拒否、全面的な土地改革など、急進左派政策を信念とする人物です。
ルラは過去に大統領選で敗北した後、「中道層の支持を得られなかったことが敗因」と分析し、路線を中道右派に変更しました。
企業国有化や外債返済拒否、土地改革といった左派的政策を公約から外し、「経済優先」の中道右派的な公約を掲げて4度目の挑戦で当選しました。
しかし、ルラは再選を目指さないと宣言しているため、現任期中に隠してきた左派本能を露わにする可能性が高い状況です。
人民元決済のリスクと中国の解決策
ブラジルが人民元決済を受け入れるにあたり、1つの問題があります。
「米ドルは信用できないとしても、人民元は信用できるのか」という点です。
これに対し中国は、金とレアアース(希土類元素)を担保とするステーブルコインをBRICS共通通貨として提案しています。
中国が金保有量を増やし続け、レアアース管理を強化しているのは、人民元を国際通貨化するためでもあります。
BRICS共通通貨は、BRICS諸国が保有する金やレアアースの価値に裏付けられたステーブルコインとして発行され、価値の安定が図られます。
現在、米ドルの問題は米国が好き勝手にドルを発行し、インフレを引き起こしてドルの価値を下げていることにあります。
一方、BRICSの暗号通貨は金とレアアースで支払いを保証するため、インフレ防衛が可能だと主張しています。
レアアース埋蔵量は中国36.7%、ブラジル13.3%、ロシア15.0%、インド5.8%で、BRICS全体で70.6%を占めます。
金は別としても、レアアースに関してはブラジルもステーブルコイン発行の潜在力があり、BRICS共通通貨に積極的です。
チャンカイ港問題と米国の警戒
さらにブラジルと米国の対立要因として、ペルーのチャンカイ港があります。
2024年11月、中国はペルーの首都リマから80kmの場所にあるチャンカイに港を建設しました。
この港の権利の60%を中国遠洋海運集団(COSCO)が所有しており、実質的に中国が運営する南米初の港です。
チャンカイ港はペルーにあるものの、ブラジルとも密接に関係しています。
ブラジルは中国資金の支援を受け、チャンカイ港からブラジルまで鉄道などを敷設する35億ドル規模のプロジェクトを進めています。

この鉄道が完成すれば、中国などアジア諸国との輸送時間は35日から10日に短縮され、ブラジルは大豆や鉄鉱石などの主要輸出品をより容易に中国へ輸出できるようになります。
米国は中国とブラジルの接近を快く思わず、チャンカイ港が中国の軍事拠点化することを懸念しています。
現在、ブラジルの対米貿易収支は赤字であり、米国向け輸出はGDPのわずか1.7%に過ぎません。
このため、ブラジルは米国の50%関税に強く反発する可能性が高いです。
ルラは再選を放棄しているため、GDPの1.7%程度であれば中国向けに輸出先を転換することで十分補えると考えており、米国に屈する理由がありません。