それに伴い、自動車業界にも変化が生じているため、関連する内容を整理してみたいと思います。
ドイツが主導するEU環境規制の緩和
EUは「ユーロ1」から始まり、「ユーロ6」に至るまで、自動車とトラックの排出ガス基準を強化してきました。
現在は「ユーロ7」の環境規制中ですが、「ユーロ7」は「ユーロ6」とほぼ同等の基準へと調整され、実質的な強化がほとんどない状態に緩和されています。
また、イギリスも内燃機関車の販売禁止時期を2030年から2035年に延期すると発表し、規制緩和の動きを見せています。
このEUの規制緩和の中心にはドイツがあります。
伝統的な自動車大国であるドイツは、米国のテスラや中国のEVメーカーに対して電気自動車の競争力が低いことから、競争力を確保するまでは内燃機関車の販売禁止にはすべきでないという立場を取っています。
ドイツの自動車産業は他のEU諸国とも密接に連携しており、部品供給国として代表的なのがイタリアとスペインです。
このドイツ・イタリア・スペインが連携し、内燃機関車の販売禁止時期を2030年から2035年へと修正したのです。
また、「e-fuel(イーフューエル)」を使用する内燃機関車を環境に優しい車として認定し、販売禁止対象外としました。
e-fuelとは、二酸化炭素の排出削減が可能な人工石油燃料です。
つまり、従来のガソリンやディーゼルを使う内燃機関車は販売が禁止される一方で、炭素排出量を抑えた人工石油燃料を使用する内燃機関車は販売可能となります。
第二次世界大戦と人工石油技術
第二次世界大戦時、ドイツの弱点は石油資源がほとんどなかったことです。
戦闘機や戦車などを維持するには莫大な量の石油が必要でしたが、ドイツには油田がなく、海上封鎖により海外からの石油輸入も困難でした。
そんな中でもドイツが6年間戦争を継続できた理由は、人工石油技術を持っていたからです。
石油と石炭はいずれも主成分が炭素と水素であり、石炭に水素を加えれば石油に変えることができます。
1913年、ドイツの化学者ベルギウスは石炭に高圧をかけて液化する技術を開発しました。
これにより年間10万トンの人工石油を生産できる工場が建設され、戦時中にはその規模が拡大されました。
1943年には1日12万4000バレルの人工石油を生産し、ドイツ軍全体の石油消費量の57%、航空用ガソリンの95%が人工石油で賄われていました。
1944年5月、連合軍が人工石油工場を爆撃し壊滅させたことで、ドイツは降伏せざるを得ませんでした。
南アフリカ「サソール」が継承した人工石油技術
戦後、ドイツは中東から安価な石油を輸入できたため、人工石油技術は不要となりました。
その後、南アフリカの国営企業「サソール(Sasol)」がこの技術の権利を取得しました。
南アフリカには様々な資源があるものの、石油は産出しないため、人工石油技術が必要だったのです。
国家的戦略資源として人工石油を扱い、南アフリカ最大の炭鉱地帯セクンダで年間500万トンを生産し、国内消費の30%以上をカバーしています。
サソールの人工石油は従来の石油に比べて汚染物質の排出が35%少なく、生成時に出る副産物(硫黄や水銀など)も分離・販売され、残渣もレンガにするなど、環境配慮型のサイクルで生産されています。
新たなe-fuel技術の登場
現在では、さらに進化した人工石油の製造法が登場しています。
従来のように石炭を使用するのではなく、二酸化炭素を炭素源とし、水を電気分解して得られる水素と結合させて燃料を合成する手法です。
このように、二酸化炭素と水から作られる燃料が「e-fuel(Electricity-based Fuel)」です。
e-fuelは大気中の二酸化炭素を原料として燃料を作り、燃焼後にはその二酸化炭素が再び大気に戻るため、理論上は大気中の二酸化炭素の総量が変わりません。
この性質から、e-fuelは「カーボンニュートラル燃料」とも呼ばれます。
これまで環境対応車として注目されていた水素自動車の最大の課題は、水素ステーションの設置です。
水素は高圧で保管する必要があり、LPGステーションよりも危険性が高く、住宅地への設置が難しい上、1カ所あたりの設置費用が約3億円と高額です。
一方、e-fuelはガソリンと同様に常温で液体のまま保管可能であり、既存のガソリンスタンドや内燃機関車をそのまま利用できる点が大きな利点です。
二酸化炭素を追加排出せず、既存の石油インフラをそのまま活用できることから、ドイツや日本が特に積極的に投資を行っています。
e-fuelの普及により内燃機関車の寿命が延びれば、電気自動車への移行スピードが鈍化する可能性があり、バッテリー企業は危機感を抱いています。
ドイツのポルシェは、エネルギー企業シーメンスと共同でチリに人工石油工場を建設しました。
年間13万リットルを生産するテスト工場に続き、2025年には年間5億5000万リットルの商業用工場が完成予定です。
この工場は風力発電で得た電力を使って水を電気分解し、水素を生成、その水素を二酸化炭素と結合して人工石油を作るという、環境に優しい仕組みです。
2026年にはオーストラリア、アメリカ、ベルリンにも順次工場が完成予定です。
e-fuelの最大の課題は、製造コストです。
現在、e-fuelの生産単価は1Lあたり約7ドルとされており、ガソリンやディーゼルの0.5ドル程度と比べて非常に高価です。
しかし、チリの風力発電を活用した大規模工場が完成すれば、1Lあたり2ドル台までのコスト削減が期待されています。
最終的には1Lあたり0.94ドルにまでコストを下げることが目標です。
政治的な観点では、自動車業界の「雇用」も注目ポイントです。
内燃機関車のエンジンは多くの部品から成り立ち、多くの部品メーカーや労働力が関与しています。
内燃機関車は多くの雇用を生み出しますが、電気自動車は部品数が少なく、必要な労働力も少なめです。
そのため、内燃機関車の生産終了は数十万の雇用喪失に繋がる可能性があると分析されており、技術と環境と雇用のバランスが重要となります。。
e-fuelへの投資には、アウディ(2017年)、トヨタ・日産・ホンダ(2020年)、ポルシェ・シーメンス・エクソンモービル(2021年)などが参加しています。
e-fuelは電動化が困難な航空機や大型船舶の燃料にも使える点で注目されています。
アメリカのテキサスでは世界初のe-fuel商業生産企業「インフィニウム(Infinium)」が稼働し、アマゾン、三菱重工、シンガポール政府系ファンド、ビルゲイツの気候変動ファンドなどが出資しています。
e-fuelの生産には原子力発電との連携も検討されており、小型モジュール炉(SMR)から得た電力で水を電気分解し、低コストで燃料を生成する方式が模索されています。
まとめ
e-fuelは既存の石油インフラをそのまま使え、ガソリンや灯油との混合も可能です。
ただし、補助金なしで競争力のある価格に到達することが今後の課題です。
EUは再生可能エネルギーに注力する一方、電気自動車分野ではアメリカと中国に、バッテリー分野では日本・韓国・中国に遅れを取っています。
そこで、自国が強みを持つ内燃機関車の生産を維持しつつ、環境にも配慮できるe-fuelの推進に力を入れています。
価格さえある程度下がれば、補助金によって競争力を高めることも可能であり、今後ますます注目すべき分野となっています。