イスラエル・イラン戦争のバタフライ効果 - 尿素と農産物価格の上昇

イスラエルとイランの戦争が停戦に至ったとしても、その余波は今後もしばらく続くと見られます。
特に農産物と尿素水の分野に影響がありそうなので、その点を中心に整理していきたいと思います。


いつものように、過去の事例をもとに現在の状況を解説していきます。


オーストラリアと中国の関係悪化がもたらした資源戦争

かつて、オーストラリアと中国は良好な関係にありました。
オーストラリアから最も多くの資源を輸入していたのが中国であったため、オーストラリアにとって中国はVIP顧客だったのです。

しかし、新型コロナウイルスの発生を受けて、オーストラリアがウイルス発生の経緯に関する調査を中国に要請したことで中国は激怒し、オーストラリアに対して関税を課しました。
オーストラリア産ワインには200%の関税を課し、石炭・牛肉・木材の輸入を停止しました。

 


オーストラリアの反撃──鉄鉱石価格の急騰

これに対してオーストラリアも対抗措置を講じ、鉄鉱石の価格を2倍以上に引き上げました。
当時、中国が輸入する鉄鉱石の60%以上はオーストラリア産でした。

中国にとって石炭などは代替手段が十分でしたが、鉄鉱石は代替手段がなかったため、オーストラリア産の鉄鉱石には制限をかけられませんでした。

結果として、オーストラリアは鉄鉱石の価格上昇だけで1,360億ドルもの追加収入を得て、石炭などを輸出できなかった分の機会損失を補って余りある利益を得ました。

ワインはフランスやチリなど代替輸入先が豊富ですが、石炭のような資源は代替可能な輸出国が限られており、選択肢が少ないです。

中国も当初は、オーストラリアからの石炭輸入を減らしてインドネシアやモンゴルからの輸入を増やせば対応可能と考えていました。

石炭

しかし、オーストラリア産石炭は1kgあたり5,500kcalの高カロリーで火力発電に非常に適していた一方、インドネシアやモンゴル産石炭は1kgあたり3,000kcal程度で、中国の火力発電効率が大幅に低下しました。

 


石炭不足からの連鎖 ー 尿素危機の始まり

発電効率の低下は、すなわち電力不足を意味します。
そんな中、中国の山西省に大洪水が発生し、多くの炭鉱が水没しました。

これが追い打ちとなり、中国国内の石炭生産量が激減します。
中国の発電エネルギーの60%を担う石炭の供給が不安定する中、2021年冬には尿素に関する問題が浮上しました。

尿素の製造方法はさまざまですが、もっとも安価なのは石炭からアンモニアを抽出し、二酸化炭素を加える方法です。
つまり、尿素の原料もまた石炭なのです。

オーストラリア産の石炭を禁輸し、さらに山西省の洪水で炭鉱が稼働停止したことで、中国は冬を越すための石炭が不足しました。
このため、中国は2021年10月15日から尿素の輸出を正式に禁止しました。

幸いなことに、日本は尿素を戦略資源として捉えており、国内供給比率を77%まで維持していたため、当時大きな混乱は避けられました。

しかし、尿素を輸入に依存していた韓国などの国では、約3カ月間にわたり尿素不足による深刻な影響が出ました。

尿素の主な用途はディーゼル車と肥料です。

一般の乗用車ではエンジンオイルの交換時に尿素水を補充する程度で済みますが、大型トラックなどの商用車では700km走行ごとに尿素水10リットルを補充しなければならず、大量に使用されます。
トラックが走った後の道路に水滴が落ちているのは、ディーゼルエンジンから出る排気ガスを尿素水が水に変換した痕跡です。


イスラエル・イラン戦争が尿素市場に与えた影響

今回のイスラエルによるイラン空爆は、尿素市場に大きな影響を及ぼしました。

まず、イランのミサイル攻撃が毎日のように続く中、イスラエルは天然ガスの生産と供給を一時的に停止しました。

そして、エジプトは世界第5位の尿素輸出国ですが、エジプトはイスラエルから供給される天然ガスを使って尿素を製造していたため、ガスの供給が止まったことで、尿素工場の稼働が一時停止しました。

ちなみに、世界第3位の尿素輸出国はイラン(1位:ロシア、2位:中国)で、年間450万トンを輸出しています。

このイランも、イスラエルの爆撃が続く中で尿素工場の稼働を停止しました。

つまり、世界第3位と第5位の尿素輸出国が同時に生産を停止したことになります。
なお、尿素輸出1位であるロシアは、ウクライナ戦争以来、すでに尿素輸出に制限がかかっています。


今後の見通し ー 尿素価格と農産物価格の上昇へ

かつて尿素を大量に輸出していた中国も、2021年冬の尿素水危機を経験して以降、年間500万トンの輸出量を200万トンにまで縮小しています。

たとえイランとイスラエルが停戦に至ったとしても、施設の修復と生産再開には時間がかかります。
尿素の供給量が減少することで、尿素価格は上昇し、尿素を輸入して農産物を生産しているブラジル、アルゼンチン、インドといった国々では、農業コストの上昇が見込まれます。

尿素供給不足の影響は、今年後半から顕在化すると予想されます。