前回の記事では、イスラエルがイランを攻撃する理由として宗教的背景を中心に解説しました。
今回は、イスラエルの内部事情に焦点を当てて解説したいと思います。
これまでのイスラエルとイランの対立は、ある種のパターンに従って展開されてきました。
イスラエルが先制攻撃で事態を拡大させようとしている一方で、イランは国の威信を保つ程度の報復に留めていました。
この背景には、イスラエルの「焦り」とイランの「余裕」という対照的な立場があります。
イスラエルの「焦り」には、イスラエルが抱える大きな内部的弱点である「超正統派(Haredi、ハレーディー)」という存在があります。
「超正統派、ハレーディー」という特殊集団
ユダヤ教徒は、信仰の実践度により以下の三つのグループに分けられます。
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ユダヤ教を信仰しながらも日常生活を送る世俗派
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ユダヤ教の生活様式をある程度守る正統派
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厳格にユダヤ教の戒律に従う超正統派(Ultra Orthodox Jews)
このうち、3番目の超正統派を「Haredi、ハレーディー」と呼びます。
彼らは閉鎖的な共同体の中で信仰生活を送り、まるで修道士のような生活をしています。
超正統派のコミュニティでは、テレビ、インターネット、ラジオといった電子メディアの使用を避けており、携帯電話も通話機能のみの端末を使用しています。
パソコンがあってもインターネットには接続されていないため、重要な情報は町内の掲示板で共有されるなど、現代社会とは異なる生活スタイルを貫いています。
しかも超正統派は働かず、政府からの補助金で生活しています。
彼らは毎日18時間祈る日々を過ごしており、兵役の義務も免除されていました。
これは、イスラエル初代首相のベングリオンが1949年に超正統派に兵役免除の特権を与えたためです。
当時、超正統派はわずか400人程度だったため、兵役を免除し生活費を支給しても国家財政に大きな影響はないと判断したからです。
しかし、超正統派の非常に高い出生率は、新たな問題を引き起こしています。
彼らは「生めよ、増えよ」という聖句を忠実に守り、多くの子どもを産むことを美徳としています。
また、超正統派では13歳で成人と見なされるため、10代で早期に結婚し、たくさんの子どもを産むのです。
その結果、人口わずか400人から始まった超正統派は、122万人にまで増加し、現在ではイスラエル人口の約12%を占めるまでになりました。
このように無視できない規模まで人口が増えたことを受け、イスラエル議会は2014年、彼らにも兵役を義務づける法改正を行いました。
人口の少ないイスラエルでは女性にも徴兵が行われており、国民の12%に達した超正統派を兵役から免除し続けることは困難だったのです。
超正統派側は憲法訴訟を起こしましたが、2017年、イスラエル最高裁は彼らの兵役免除を「違憲」と判断し、ついに超正統派も軍に加わることになりました。
しかし現実には、彼らは軍の中でほとんど戦力になっていません。
祈りを中心とした生活を送っているため、一般的な教育を受けておらず、加減算すらおぼつかず、乗除算ができない者も多いのです。
政治力を持つ超正統派 ー 政権の命運を握る
問題は、超正統派がイスラエルの連立政府において大きな政治的影響力を持っていることです。
122万人にまで増えた彼らは、定数120のイスラエル議会で18議席を確保しています。
現首相のネタニヤフは4つの政党と連立して64議席を確保していますが、このうち18議席を持つ超正統派が連立を離脱すれば政権は崩壊し、総選挙を行わなければなりません。
現在、ネタニヤフの支持率は10%台で、選挙が行われる場合、政権交代と同時に彼が刑務所行きになる可能性が高い状況です。
一方で、一般のイスラエル国民の間では、生活費の補助を受け、義務を果たさない超正統派に対する不満が強まっています。
超正統派の出生率は現在も7.5人と非常に高く、10年後にはイスラエル国民の約30%を占めると予測されています。
イランからすると、イスラエルは時間の経過とともに超正統派の比率が高まり、国家としての活力を徐々に失っていくように映るのです。
もちろん、イスラエルもこの現実を十分に認識しています。
だからこそ、イスラエルはイランとの全面戦争を早期に仕掛けることで、国内の問題を外部に逸らし、国民の団結を図ろうとしています。
ネタニヤフ首相の刑事裁判と超正統派の影響が重なる中、イスラエルの外交・軍事政策は、かつてないほどの強硬姿勢を見せています。
2025年6月12日、野党が提出したイスラエル議会の解散案についての投票が行われました。
結果は賛成53票、反対61票で否決され、現政権の継続が決まりました。
超正統派は改定された徴兵義務に反発し、連立離脱を示唆していましたが、ネタニヤフ首相は徴兵基準の緩和を提案することで連立の維持に成功し、これが否決の決め手となったと見られています。
一度解散案投票が行われると、6か月は解散案投票ができないため、ネタニヤフ政権は少なくとも半年間の延命に成功したことになります。
この投票が否決されたわずか3時間後、イスラエルはイランへの大規模攻撃を開始しました。
イスラエルの攻撃とイランの反応
2025年6月13日、イスラエルは200機以上の戦闘機を出動させ、330発以上の兵器を投下しました。
軍事施設だけでなく、イラン軍高官やその家族が暮らす住宅地も攻撃対象となり、多数の民間人が犠牲となりました。
イスラエルは、イラン参謀総長や革命防衛隊の司令官など、軍の最高幹部を含む多数の高官を殺害したと発表しています。
核関連施設に勤務する科学者も標的とされ、少なくとも10名が死亡したと報じられています。
これは、イランにとっても我慢の限界を超える挑発です。
イランが取り得る最大の報復手段は、核兵器の製造に踏み切ることです。
イランは約14,000基の遠心分離機を保有しており、そのうち11,000基は発電用の5%濃縮ウランを生成しています。
しかし、イスラエルは残りの遠心分離機で20%以上の高濃縮ウランが製造されていると見ています。
ウランが20%以上に達すれば、核兵器レベルまでわずか2〜3週間で可能です。
イランはすでに核兵器の形状を完成させており、核物質を充填すれば即時発射可能な段階にあるとされています。
イランが国家の威信を保つレベルの最低の報復としては、ミサイルやドローンによる限定的な反撃や、ホルムズ海峡の一時的封鎖が考えられます。
それによって報復の意思を示しつつ、さらなる拡大を回避し、時間を稼いでイスラエルの自滅を待つという戦略を継続するのか、あるいは今回の甚大な被害を受けて強硬な報復に踏み切るのか、それが今後の大きな焦点となります。
今回のイスラエルの攻撃とその規模から判断すると、イスラエルの諜報機関はイラン高官の動向をリアルタイムで把握している可能性が高く、イラン指導部もこれに恐怖を抱いていると見られます。
確率的には、イランがミサイルやドローンで限定的に反撃し、時間を稼ぐという展開が濃厚ですが、ウクライナ戦争の長期化が誰にも予測できなかったように、予測よりも対応が重要な状況です。