昨日、イスラエルがイランを攻撃したという速報が入りました。
なぜイスラエルはイランを攻撃したのか、その背景を整理してみたいと思います。
最後のほうに要点を整理しますので、時間がない方はそれだけ見ても良いかと思います。
実は、イランとイスラエルは地理的にも離れており、本来なら争う理由がほとんどない国同士です。
実際、イランのパフラヴィー朝時代には、両国は良好な関係を築いていました。
宗教的対立の始まり:スンニ派とシーア派
しかし、イラン国内で宗教的な対立が生じたことから、状況は一変します。
イスラム教の宗派には大きく分けてスンニ派とシーア派があります。
これは、預言者ムハンマドが後継者を指名せずに亡くなったため、その後継者を誰にするかによって分かれたものです。
スンニ派は投票で選ばれた指導者を後継者とするべきだと主張し、
シーア派はムハンマドの血族であるアリーが後継者だと主張しています。
そのため、1000年以上にわたって両派は対立してきました。
しかも、イスラム世界の多数派はスンニ派であるため、シーア派は長年にわたり迫害を受けてきた歴史があります。
シーア派国家となったイランと周辺国の緊張
もともとイランは国民の約60%がスンニ派でしたが、王によってスンニ派がシーア派へと強制的に改宗、もしくは処刑され、結果としてイランは現在シーア派国家となりました。
しかし周辺国はスンニ派が主流であるため、対立の火種となっています。
周辺地域で数少ないシーア派勢力としては、シリア政権やレバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派などが挙げられ、イスラエルはこれらの勢力と対立関係にあります。
こうして、イランとイスラエルの関係は徐々に悪化していきました。
その後、イランのホメイニ師はアメリカを「大悪魔」、イスラエルを「小悪魔」と宣言し、イスラエルとの関係は完全に断絶するに至りました。
イランが核保有を目指す理由
周辺国との対立の中で、イランが自国を守る唯一の手段は核兵器だと考えるようになり、長年にわたって核保有を目指してきました。
当然ながら、イスラエルはそのような動きを見過ごすことはできません。
現在のイラン体制を支えているのは「革命防衛隊」です。
イランの若者たちは、革命防衛隊、正規軍、治安警察のいずれかに義務的に所属しなければなりません。
革命防衛隊出身者は政府や国営企業の中枢ポストを握る先輩たちのネットワークを活用できるため、非常に人気があります。
革命防衛隊の任務はクーデター防止とイスラム体制の維持です。
イラン憲法においては「クーデターと外国の干渉からイスラム体制を守ること」が革命防衛隊の目的であり、「国境の防衛」は正規軍の任務として区別されています。
責任の大きさから、15万人にすぎない革命防衛隊は、54万人の正規軍を実質的に統制しています。
また、革命防衛隊は中東地域で最多の弾道ミサイルを保有し、独自の軍事力と資金力を持っています。
革命防衛隊の年間資金規模は約1000億ドルに達し、イランGDPの約30%を占めます。
彼らは金になることは何でも手掛けており、石油や天然ガスはもちろん、建設、通信、流通、貿易、さらには映画制作まで行っています。
アメリカが恐れた中国・イランの資源提携
15万人の革命防衛隊の中でも最精鋭の5万人は「ゴドス軍」と呼ばれ、その司令官だったのがソレイマニです。
2019年12月に、革命防衛隊の支援を受けるヒズボラがイラクの米軍基地を攻撃し、アメリカ市民1人が死亡する事件が発生したことがあります。
さらに、イラクの首都バグダッドにあるアメリカ大使館にシーア派デモ隊が突入し、火を放つ事件も発生しました。
これらの事件を受け、第1期トランプ政権はソレイマニの暗殺を計画し、2020年1月3日、米軍はドローンによるミサイル攻撃でソレイマニを殺害しました。
しかし、ソレイマニ暗殺の背景にはアメリカ人死亡や大使館襲撃だけでなく、経済問題もありました。
中国はイランの天然ガス田の独占開発権を有し、探査から採掘、インフラ整備まで一手に担っていました。
これらの施設は中国軍が守っており、出入りには中国の許可が必要とされるほどです。
イランは中国に天然ガスを供給し、その代価として中国の鋼材などを受け取るという経済関係を築いていました。
アメリカは、石油をドルで決済する「ペトロダラー体制」から離脱しようとする国々に過敏に反応する傾向があります。
ソレイマニはイランの石油・天然ガスを中国に供給し、人民元で決済する共同銀行を運営しており、この構図はアメリカの意に反するものでした。
ソレイマニ暗殺後の核合意破棄と影の戦争
2021年1月3日はソレイマニ暗殺の1周忌でした。
その翌日、イランは2015年のオバマ政権下で米国など国連安保理6カ国と締結した核合意(ウラン濃縮を3.6%以下の制限)を破棄し、核兵器製造が可能な20%濃縮ウランの製造を再開しました。
当然ながら、イスラエルがこの動きを見過ごすはずがありません。
2022年5月31日、イランの航空宇宙科学者が夕食後に食中毒症状で死亡した事件が起こります。
さらに、イランのウラン濃縮施設で働く科学者も、出張後に吐き気と下痢の症状を訴えて死亡しました。
こうして、イスラエルとイランの「影の戦争」が始まりました。
アメリカとイランとの核交渉
バイデン政権下、米国はインフレ抑制のために原油供給を拡大する必要があり、イラン産原油が必要となりました。
これまで、イランが中国に石油を輸出していることを理由に米国はイラン産石油の禁輸措置を取っていましたが、その除外に向けた交渉を進めました。
バイデンはイランに対し、凍結された数十億ドルの資金解除と石油輸出解禁を提案し、合意を目指しましたが、核合意は最終的に成立せず、政権はトランプに交代しました。
合意寸前だった核交渉が決裂したのは、米国が革命防衛隊の要求を受け入れられなかったためです。
米国は革命防衛隊をテロ組織として指定し、海外資金を凍結してきました。
イランは核交渉において、革命防衛隊のテロ指定解除を要求しましたが、米国はこれを受け入れませんでした。
イスラエルの攻撃とイランの報復シナリオ
イスラエルは、イランが核兵器を完成させる前に核施設を破壊する計画を持っており、イランはこれを周辺諸国が領空を開放したことによるものと非難しています。
イランは、もしイスラエルが核施設を破壊すれば、サウジアラビアやカタールの油田・ガス田を壊滅させると脅迫しています。
イスラエルが急いでイランを攻撃したのは理由があります。
イスラエルのネタニヤフ首相は、収賄や詐欺などの容疑で2020年5月から裁判を受けており、有罪となる可能性が高いと見られています。
2023年、イスラエルは首相が精神的・身体的に問題がある場合のみ、国会議員の3分の2の賛成で解任できるよう法律を改正しました。
これにより、ネタニヤフが有罪となっても首相職を維持することはできますが、職を失えば収監されるリスクがあるため、国民の関心を国内から国外へと逸らそうとしているのです。
現在、イスラエル国民の約69%は戦争終結後に再選挙を行うべきだと考えており、ネタニヤフ首相を支持する国民は15%に過ぎません。
そのため、ネタニヤフは戦争を拡大・長期化させ、支持率を上げるために過激な行動を取らざるを得ない状況です。
イランはホルムズ海峡を封鎖するという切り札を持っています。
この海峡は1日約2000万バレルの原油が通過しており、封鎖されれば原油価格は1バレルあたり150ドルにまで高騰する可能性があります。
6月15日には、米国とイランの核協議が予定されていました。
イスラエルにとって、米国とイラン間の核合意が成立することは最大の脅威です。
そのため、イスラエルは協議の前にイランへの先制攻撃を行ったと考えられます。
要点を整理すると、次の通りです。
- かつては良好だったイランとイスラエルの関係は、宗派対立(スンニ派 vs シーア派)やイランのイスラム体制の確立によって悪化した。
- イランは核兵器の保有を目指しており、イスラエルはそれを阻止しようとしている。
- イランの軍事・経済の中枢を担う革命防衛隊は、中東各地に影響力を持ち、中国との資源・経済連携を進めていることが、アメリカやイスラエルの強い懸念を呼んでいる。
- イスラエル国内では、首相ネタニヤフの汚職疑惑や支持率の低下が進んでおり、政治的危機から意図的に戦争を拡大する必要があり、米国とイランの核交渉の前にイランを先制攻撃したとみられる。
次の記事では、イスラエル内部の問題の観点で戦争の理由を解説していきたいと思います。