2018年、米中貿易戦争をきっかけに、習近平は中国の半導体強化政策を正式に宣言しました。
「半導体は製造業の心臓だ。メモリ半導体技術で世界の頂点に立たなければならない」と述べ、半導体技術の自立を強く促したのです。
過去の半導体開発は進化のスピードが非常に速く、後発企業が追いつくのは困難でした。
しかし、技術が成熟期に入り成長が鈍化することで、中国は十分な資金と関連設備さえあれば追いつけると判断し、半導体強化のために積極的にサポートしました。
これに対してアメリカは、中国への先端装置の輸出を制限するなど、牽制を始めました。
2018年12月1日に起きた4つの偶然
2018年12月1日には、偶然としてはタイミングが絶妙な4つの事件が同時に起こります。
- まず、オランダの半導体装置メーカのASMLは、2018年11月7日に中国へのEUV露光装置の輸出停止を発表します。
しかし、その発表前にすでに中国の半導体企業SMIC向けのEUV装置1台がほぼ完成状態で、納品直前の時でした。
そして12月1日、ASMLのProdrive工場で謎の火災が発生し、SMIC向けだったそのEUV装置は納品不可状態となり、中国はそれ以降、1台のEUV装置も手に入れられなくなります。 - 同じ日、ファーウェイ創業者任正非の娘である孟晩舟が、対イラン経済制裁に違反して金融機関を不正操作した容疑でカナダで逮捕されます。
これはアメリカの要請によるもので、中国国内外で大きな衝撃を与えました。 - また12月1日、スタンフォード大学の教授であった中国系アメリカ人の張首晟が死亡します。彼は15歳で大学に進学した天才で、量子力学分野でノーベル賞候補にも挙がった人物です。アメリカ国内でスタートアップ企業の買収を進める一方で、産業スパイの疑いを持たれていました。彼は孟晩舟と1週間後にアルゼンチンで夕食の約束をしていましたが、自殺で生涯を閉じました。
- ちょうどその頃、G20がアルゼンチンで開催されており、12月1日は習近平とトランプが貿易問題の合意を目指して会談した日でもありました。
わずか1日の間に、EUV装置の焼失、孟晩舟の逮捕、張首晟の死亡、そして米中首脳会談が重なったのです。
ファーウェイの反撃と中国政府の全面支援
その後、孟晩舟は2年間の軟禁状態を経て、2021年に中国の英雄として専用機で帰国し、ファーウェイの副会長に就任します。
また、ここから中国政府によるファーウェイへの全面支援が始まります。
2021年末、ファーウェイは半導体の後工程等パッケージングを専門とする企業を設立しました。
現在ファーウェイは半導体子会社を12社抱える総合半導体企業に成長し、米インテルや韓国サムスン電子と同様の総合半導体メーカーとなりました。
すでにファブレス(設計)企業を保有していたファーウェイは、武漢に初のファブ(半導体製造工場)も建設しました。
この開発資金はすべて中国政府の支援によるものです。
ファーウェイのスマートフォン事業子会社が赤字に陥った際、中国政府は国営企業を通じて1000億元で買収してくれます。
ファーウェイはその資金で設備投資を行い、世界中から半導体人材を積極的に確保できるようになりました。
中国のHSMCは、7nmシステム半導体の製造を掲げて注目を集めた企業でしたが、資金難により破綻しました。
中国政府はそのHSMCを買収し、ファーウェイに引き渡します。
HSMCには中国唯一のASML製の7nm対応露光装置があり、それによってファーウェイは7nmチップの生産に成功します。
2024年12月11日、ファーウェイは最新スマートフォン「Mate 70 Pro+」に5nmチップを搭載する予定でしたが、実際は6〜7nmチップで発売されました。
ASMLのEUV装置がないため、5nm以下の量産が難しかったと見られます。
しかし、ファーウェイはGoogleのAndroid OSに依存せず、自社製OSによる完全独立を実現するなど、有意義な発展を示しました。
ファーウェイの最大の強みは圧倒的な研究開発人員にあります。
他の半導体企業では15〜20%程度がR&D人材であるのに対し、ファーウェイは総従業員20万7000人のうち、55%がR&D人材です。
メモリ半導体で急成長するCXMT
メモリ半導体分野では、別の中国企業が急成長を遂げています。
それが「CXMT(長鑫存儲技術)」です。
CXMTは中国政府と国営半導体ファンドの出資により設立された、未上場企業です。
2020年からDDR4の量産を開始し、生産能力は月4万枚から2024年には16万枚に、2025年には30万枚超を目指すとしています。
2023年11月、CXMTはDDR4に続き、DDR5の生産にも成功したと発表しました。
DDRはデータ転送速度が高いメモリ技術で、世代が上がるごとに性能が倍増します。
CXMTのメモリ半導体市場シェアは、2020年の4%から2024年11月時点で11.8%まで拡大しました。
2024年のシェアは、サムスン電子(韓国) 37.4%、SKハイニックス(韓国) 25.9%、マイクロン(米国) 17.7%、CXMT(中国) 11.8%の順です。
2025年には、それぞれ36.4%、24.1%、17.4%、15.4%になると予測されています。
CXMTは政府支援と安価な電力コストを背景に、価格競争力を武器として、中国国内だけでなく、インドや東南アジア市場で急速にシェアを拡大しています。
CXMTのダンピング戦略の影響で、DDR4価格は2021年の4.1ドルから、2022年2.9ドル、2023年1.7ドル、2024年には1.4ドルへと下落し、既存の半導体メモリ大手3社の収益性に打撃を与えています。
しかし、CXMTの急成長の裏には産業スパイの存在が指摘されています。
2016年、CXMT創業初期にサムスン電子の部長級以上の技術者10名が入社しましたが、そのうち2名が機密情報を不正に持ち出したことが発覚し、さらにサムスンおよび下請け企業出身の数十名が関与していたとされます。
技術流出によるサムスンの被害額は数十億ドルに及ぶとのことです。
合法・違法を問わず加速する中国の産業戦略
このように、中国は政府主導で人材の獲得と投資を惜しまず、合法と違法の境界を超えて情報活動やハッキングまで駆使しながら、各産業を急成長させてきました。
アメリカで中国半導体規制を担当する閣僚も「規制だけでは中国の半導体成長を抑えるのは限界がある」と認めており、
今や中国半導体は決して無視できないレベルになってしまいました。