1950年代、アメリカの対外戦略を主導していたシンクタンクはSSP(Special Studies Project)でした。
SSPはロックフェラー財団の支援を受け、アメリカ外交の伝説的人物であるヘンリー・キッシンジャーによって設立されたシンクタンクです。
当時のSSPは、「ソ連を標的とした戦略の立案」を目的としていました。
しかし、キッシンジャーの死去及びソ連の崩壊により、SSPは設立目的を失いました。
そして2021年、SSPの後継としてSCSP(Special Competitive Studies Project)が設立されました。
グーグルの元CEOなどが支援し、米国の共和党・民主党の両党をまたぐ超党派シンクタンクとして立ち上げられました。
SCSPは、「AIと先端技術におけるアメリカの長期的リーダーシップ強化のための政策提言」を設立目的に掲げています。
SSPがソ連を標的としていたのに対し、SCSPはAI分野における米国のライバルである中国を念頭に設立されたのです。
SCSPは設立から3年間の研究成果を、「米国の次世代エネルギーリーダーシップに向けた国家行動計画」として2024年に提言しました。
この報告書では、2025年から2030年の5年間がアメリカの未来を左右する決定的な時期になると述べられています。
この期間に次世代のクリーンエネルギー供給網を確保できなければ、中国に技術覇権を奪われるとのことです。
SCSPは今後5年間、米中間の新技術覇権争いは「宇宙太陽光発電」と「核融合発電」の分野で決着すると予測しています。
1968年、NASAのピーター・グレイザー(Peter Glaser)博士が宇宙太陽光発電のアイデアについて初めて提唱しました。
静止軌道(高度3万6000km)に太陽光発電施設を設置し、得られたエネルギーを地球に無線で送信し、地上基地で電力に変換するという構想です。
宇宙太陽光発電には多くの利点があります。
宇宙には雲も雨もなく、常に太陽光を確保できるため、24時間365日連続で発電が可能です。
大気による減衰がないため、地上の10倍以上強く、かつクリーンな太陽光が得られます。
地上の太陽光発電と比べて約20倍の電力供給が可能で、変動性を補うためのESS(Energy Storage System, 蓄電設備)が不要になります。
しかし、アイデアは優れていたものの、当時は技術もなく、コストも莫大だったため、学術研究の域を出ませんでした。
SCSPは、中国が宇宙太陽光発電でアメリカを先行する可能性があると警告しており、実際にその兆候が見られています。
2019年、中国・重慶で宇宙空間を模擬した実験が可能な宇宙太陽光発電施設の建設が開始され、2021年6月に完成しました。
2023年には、マイクロ波を使った無線送電の成功を含め、宇宙太陽光発電の実現可能性を示す実験成果が発表されました。
さらに2025年には、中国は重慶で成功した宇宙太陽光発電所を世界初で静止軌道に設置すると宣言しています。
この計画は、中国の長江にある世界最大級の水力発電所「三峡ダム」にちなみ、「宇宙版三峡ダム」と呼ばれています。
宇宙版三峡ダムは幅1km、長さはモジュール式で無限に拡張可能な設計です。
中国は2025年中に宇宙版三峡ダムのプロトタイプを宇宙に打ち上げると自信を持っていますが、その背景には「CZ-9」という大型再利用ロケットの存在があります。
CZ-9は低軌道に一度で150トンの貨物を運ぶ能力があり、NASAのSaturn V(130トン)を上回ります。
もちろん、アメリカも奮闘しています。
2023年12月10日、無人宇宙シャトルX-37Bが打ち上げられました。
X-37はボーイング社が開発した無人宇宙シャトルで、1機はNASA(X-37A)が、2機はアメリカ宇宙軍(X-37B)が運用しています。
宇宙軍が運用するX-37Bは、軍事任務の詳細を一切公開していません。
1号機と2号機はこれまで6回発射され、1回の任務で1〜3年宇宙に滞在するため、常に1機は宇宙にいる状態です。
2010年に発射された1号機は、北朝鮮・イラン・中国上空を224日間周回し、秘密任務を遂行したとされています。
X-37Bの主要な任務は、核兵器の宇宙配備実験や敵偵察衛星の破壊などです。
2020年5月17日に6回目の発射で宇宙に出た2号機は、980日間のミッションを終えて帰還しました。
この時、注目すべき実験として行われたのが、「宇宙太陽光発電デモンストレーションおよび研究(SSPIDR)」です。
アメリカ宇宙軍が主導して宇宙空間で太陽光を発電し、それを極超短波に変換して地球に送信するというものでした。
海軍研究所(NRL)製のPRAMというアンテナモジュールが使われ、発電とビーム生成に成功しています。
この実験の第一段階は成功し、第二段階は、生成されたビームを地上に向けて正確に送信する「レトロディレクティブ・ビーム制御」実験です。
公にはされていませんが、2023年12月の7回目のX-37B打ち上げで、この装置が積載されたという噂もあります。
米軍が宇宙太陽光に注目し始めたのは、戦争中に前線へのエネルギー供給が困難であったことが発端です。
過去の戦争を分析した結果、作戦中に死亡した兵士よりも、前線に燃料を輸送中死亡した兵士の方が多かったことが判明しました。
このことから、衛星経由でエネルギーを無線で送る研究が始まりました。
宇宙から無線で電力を供給できれば、まさに「空に浮かぶワイヤレス充電器」になります。
また、人工衛星などの寿命延長にもつながり、宇宙での活動範囲が大きく広がります。
静止軌道との36,000kmの距離でエネルギーを送るには、マイクロ波(極超短波)を使った無線送電が不可欠です。
宇宙太陽光発電のコア技術は、無線送電・高効率の太陽光パネル・大型宇宙構造物の組み立てと制御です。
打ち上げコスト削減には、再使用型ロケットや宇宙空間でのパネル組み立て用ロボット技術が必要です。
原発並みのギガワット(GW)級発電には、宇宙空間に1〜2km規模の太陽光パネルが必要で、送受信用のアンテナも巨大になります。
宇宙の送信アンテナは直径1km、地上の受信アンテナは直径5〜10kmが必要とされます。
現在の技術では、パネルとアンテナの合計重量は1,000トン以上になると予測されており、分割輸送・組み立ての手間が膨大です。
しかし、SpaceXの台頭により打ち上げコストは急速に下がっています。
かつて1kgあたり5万ドルかかっていた打ち上げ費用は、Falcon Heavyによって1,400ドルにまで低下しました。
SpaceXのスターシップは150トンの積載が可能で、さらなるコスト削減が期待されています。
今後、1kgあたり600ドル以下に下がれば、宇宙太陽光発電が商業的に採算が取れる水準になります。
次の課題は無線送電の効率です。
現在、宇宙から地上までのエンド・ツー・エンド送電効率はわずか1%です。
地上の太陽光発電の効率が33%程度あることを考えると、まだまだ改良の余地があります。
ただし、宇宙の発電量は地上の20倍以上であるため、送電効率が10%でも地上基準で換算すると10%×20=200%、7倍の効率となります。
発射費用が600ドル以下、送電効率が15%を超えると、宇宙太陽光は原子力よりも安価な発電方法となります。
2GW級の発電を30年間行えば、電力コストは1kWhあたり約3.4円で、原発の7.2円の半額以下となります。
ただし、現在の無線送電技術はピザボックスサイズの装置で10ワットの送電が限界で、実用化にはまだ時間がかかります。
アメリカは2025年中に、世界最大の防衛企業ノースロップ・グラマンと空軍の協力で宇宙太陽光発電衛星を打ち上げる予定です。
2050年までに35GWを発電し、全米家庭の20%に電力を供給する構想もあります。
米中が月を目指す主な理由は、核融合に必要なヘリウム3や、地球には存在しないレアメタル・レアアースの採掘にあります。
アメリカは、月の軌道に太陽光発電衛星を配置し、日が差さないクレーター内部の採掘基地へ電力を供給するグリッド計画を進めています。
一方、宇宙太陽光発電には懸念の声もあります。
特定地域に電磁波を集中させることで、施設の破壊や人的被害をもたらす新兵器となる可能性があるからです。
欧州宇宙機関(ESA)も「プロジェクト・ソラリス」を開始し、1.7kmの太陽光パネルで2GWの電力を地球に送信する計画を進めています。
これは原発2基分に相当する発電量です。
日本も2015年、1.8kWの電力をマイクロ波に変換し、55m先のアンテナに送信する実験に成功しています。
また、経済産業省支援のJSSは、57km先の13カ所に同時に電力を送ることにも成功しました。
日本は宇宙太陽光発電の商用化を2050年代に目指しており、官民連携で2025年に初の送電実験予定しています。
宇宙太陽光発電は一見遠い未来の話に思えますが、再生可能エネルギーの弱点を克服する手段として、各国が急速に動いています。
とりわけ、アメリカと中国の商用化競争は熾烈を極めつつあります。
この分野では宇宙太陽光発電そのものだけでなく、そこで派生するロボティクスなどの新技術にも注目することが投資のポイントとなるかもしれません。