日銀はこれまでYCC(Yield Curve Control)を通じて10年物国債の金利を管理してきました。
YCCとは、10年物国債の金利が一定水準を超えて上昇した場合、金利が下がるまで無制限に国債を買い入れるという手法です。
日銀が国債を買い入れると、国債の価格は上昇し、結果として金利は低下します。
日銀は昨年YCCを廃止しましたが、金利の管理は続けるとして、国債の買い入れ量を段階的に縮小する方針を発表し、現在はその方針で国債金利を管理しています。
「テーパリング(tapering)」とは、「次第に細くなる」という意味の英単語で、金融業界では「量的緩和の縮小」という意味で使われます。
日銀による国債買い入れ額の段階的な削減も、金融政策の観点からはテーパリングの一環とみなされます。
2025年5月20日には20年物国債の入札が行われましたが、過去38年間で最も大きな変動を記録しました。
以前の私の記事で、米国債の入札について「入札倍率」に注目する必要があると説明したことがあります。
国債の入札に参加する投資家が多く、入札倍率が高まると、落札価格も上昇し、高値で国債が落札されます。
逆に、参加者が少なかったり関心が低かったりすると、落札価格は低くなり、安値で国債が落札されます。
5月20日の20年物国債の入札では、入札倍率が2.5倍となりました。
米国債では2.5倍は平均的な水準ですが、日本国債の平均は3倍です。
つまり、2.5倍というのは2012年8月以来13年ぶりの低水準となる入札倍率です。
日本の国債入札は、購入希望者が希望価格を提示し、価格の高い順に配分される方式です。
平均落札価格と最低落札価格の差が大きいということは、非常に安く国債を買おうとする参加者にも配分されたという意味になります。
今回の入札では、1987年以来38年ぶりにこの差が最も大きくなりました。
つまり、買い手の勢いが非常に弱かったということです。
これを受けて20年物国債の金利は急上昇し、現在は2.58%となっています。
これについて日本銀行は、「国債金利の急騰により、一部の市場参加者が日銀に対し、超長期債の購入拡大やテーパリングの停止を求めている」と述べました。
つまり、「日銀は国債購入を減らす(テーパリングする)のではなく、むしろもっと買い支えて価格を維持してほしい」といった不満の声が出ているということです。
現在、日本の野党は「国民が物価上昇で苦しんでいるので減税し、不足分の財源は国債増発で解決すべきだ」という意見です。
これに対し、石破首相は「現在の日本の財政状況はギリシャより悪い」として、減税や国債発行に否定的な姿勢を示していますが、支持率が低下しつつある中で、選挙を控えた与党政府としては、将来の金利負担よりも目先の現金給付による票集めを優先せざるを得ない状況にあり、信念を貫くのは容易ではなさそうです。
政治が国債増発という方向に傾いているため、買い手側からすると「どうせ国債価格は下がり続け、金利は上がり続けるだろう」と見えており、積極的に購入する気が起きず、国債価格の下落・国債金利の上昇の流れとなっています。
日本はすでに通常の方法では金利負担に耐えられない段階に入っています。
現在、日本の債務は1,349兆円に達しており、金利が急騰すると通常の手段では利払いを賄えなくなります。
仮に月収78万円の人がいたとします。
本来であれば、78万円もあれば十分な生活ができるはずです。
しかし実際には、毎月の支出が115万円にも達しており、収入だけでは生活できず、毎月借金を重ねなければなりません。
親の扶養や過去の借金返済などに多額の出費がかかっており、78万円の収入では毎月37万円が不足し、その分だけ借金が増え続けています。
これが今の日本の現状です。
2025年度(2025年4月〜2026年3月)の日本政府の税収見込みは78兆円です。
税収は78兆円なのに対し、支出は115兆円に達し、そのうち28兆円が国債の利払いに使われています。
国債金利が上昇すれば、その分利払いも増えるのは避けられません。
過去のある研究では、10年物国債の金利が1.1%まで上がり、国債発行が一定ペースで続いた場合、2041年には国民の納める税金の全てが国債の利払いに消えてしまうというシミュレーション結果がありました。
しかし、現在10年物国債の金利はすでに1.1%ではなく、1.5%を超えています。
しかも、国債の発行ペースは「一定」ではなく、急速に増加しています。
つまり、2041年ではなくもっと早く私たちの税金がそのまま国債の利払いに消えてしまう未来が待っています。
2024年5月29日、日銀は2023年度(2023年4月〜2024年3月)の決算を発表しました。
その内容を見ると、2024年3月末時点で日銀が保有する国債は、取得価格ベースで589兆6,634億円に達しています。
日本全体の1,263兆円の債務のうち、589兆円を日銀が保有していることになります。
日銀は2023年度決算で、保有国債の評価損として9兆4,000億円を反映しました。
この額は、2022年の評価損1,571億円の60倍以上です。
国債10年物の金利が2023年の0.4%から2024年には0.7%に上昇したことが、日銀史上最大の評価損につながった主因です。
たった0.3%ポイントの金利上昇で9兆円の損失が出たことは深刻な状況です。
2025年5月現在、10年物国債の金利は1.53%にまで上昇しており、昨年の0.7%と比べて0.8%ポイント以上の上昇です。
0.3%ポイントで9兆円の評価損だったので、0.8%ポイント以上上昇した現在、評価損は25兆円を超えていると推定されます。
5月末に発表される日銀の決算発表は、大幅な赤字が見込まれます。
主要な国債の買い手である保険会社の立場からすると、今の金利は十分魅力的になってきてはいるものの、国債価格はさらに下がり、金利はさらに上がる可能性が高いため、購入をためらっているようです。
海外に流れていた日本の資金も、7月までは様子を見ながら復帰のタイミングを図るとみられ、6月20日に予定されている日銀の金融政策決定会合とその後の記者会見に注目する必要があります。