トランプが仮想通貨を推す本当の理由(ステーブルコイン)

ここ数年、暗号資産(仮想通貨)市場は単なる投機の場を超えて、グローバル金融システムに実質的な影響を与える存在へと変貌を遂げています。
その中心にあるのが「ステーブルコイン」です。

2025年4月15日、トランプは、「合法かつ正当なドル基盤のステーブルコインの開発と成長を促進し、ドルの国際的な支配力を維持する」と述べ、ステーブルコインを支援する大統領令に署名する意向を示しました。
 
米国上院は2025年5月19日にステーブルコイン関連法案である「GENIUS Act法」を可決しました。
さらに今年8月には、超党派の議員によってステーブルコイン業界を支援する法案が可決される可能性が高い状況です。
 
では、なぜトランプはステーブルコインに注目しているのでしょうか?
 
その前に、「ステーブルコインとは何か」、「なぜ登場したのか」について簡単に説明します。
 

 

ステーブルコインとは

その名の通り「安定した(Stable)」価格を維持するよう設計された仮想通貨のことです。

簡単に言えば、1コインの価格が「1ドル」のように、特定の法定通貨や金などの資産に連動している仮想通貨です。
価格が「ドル」に固定されているものが多く、価格変動が激しい一般的な仮想通貨とは異なり、価値が安定しているのが特徴です。
 

 
では、なぜステーブルコインが必要なのでしょうか?
「ドルや円など、各国の通貨で直接仮想通貨を買って取引すればいいのでは?」と思うかもしれません。
ステーブルコインが誕生した背景には、「従来の金融システムを介さず、世界中どこでも安定した仮想通貨取引をしたい」というニーズがありました。
 
たとえば、米国に住むAさんが日本に住むBさんにお金を送りたいとします。
従来の銀行送金では、Aさんが銀行に行きドルを送金すると、銀行が円に両替しBさんに届ける仕組みでした。
しかし、この方法では時間も手数料も多くかかります。
 
一方、ステーブルコインを使えば、相手のウォレットアドレスさえ知っていれば、ブロックチェーン上で24時間365日、どこからでも送金が可能です。
送金時間は30秒以内、手数料は0.1ドル未満と非常に低コストです。
さらに、一般的な仮想通貨での支払いや利確は資産の売却と見なされ課税の対象になりますが、ステーブルコインはドルと価値が固定されているため、そのような課税を受けません。
 
このように、価格の安定性・送金の迅速性・手数料の低さがステーブルコインの強みとなっています。
 

 
ところで、ステーブルコインはどのようにして価値を維持しているのか、本当に安定しているのか気になると思います。
 
価値を維持する最も基本的な仕組みは、ステーブルコインの発行社が発行したステーブルコインと同等の価値を持つ資産(現金や国債)を保有しておくというものです。
たとえば、1ドル分のステーブルコインを発行する際、発行社は1ドルまたは1ドル相当の米国債を準備金として保有し、「いつでも1ステーブルコインを1ドルに換金できる」という信頼を前提にその価値を維持しています。
 

 
そこで、ステーブルコインと米国債の関係について見ていきます。
先ほど述べた通り、ステーブルコインの発行社は、その発行額に見合う資産を保有する必要があります。
現金のままでは利回りが生まれないため、多くの発行社は米国債を購入して利息収入を得ようとします。
仮想通貨市場の拡大とともに、ステーブルコイン市場も大きく成長し、それに伴い発行社の米国債保有額も急増しました。
 
代表的なステーブルコイン「USDT」の発行社であるTether社が準備金として保有する米国債は、2023年末時点で1,130億ドルを超えました。
これは、メキシコ(1,008億ドル)やドイツ(977億ドル)よりも多く、世界第19位の規模であり、国家レベルに匹敵する保有額です。
米国債市場における影響力は確実に拡大しているのが現状です。
 
最近、米ドルへの信頼が低下し、米国債への需要が減少したことで、米国債価格は下落し、金利は上昇しています。
これはトランプが望む展開ではありません。
トランプがステーブルコインの発行社に注目するのは、それらを米国債の安定的な購入者と見なしているからと考えられます。
つまり、ステーブルコイン市場を拡大させ、発行社が米国債を大量に保有することで、需要減少による価格下落(売り圧力)を緩和できるという狙いがあると思われます。
 

 
とはいえ、この構造が長期的に持続可能かどうかは不透明です。
ステーブルコインの安定性は発行社への信頼に依存しており、もし市場の信頼が揺らげば「取り付け騒ぎ(バンクラン)」が発生する可能性があります。
その場合、発行体は急遽準備金を確保するために保有していた米国債を売却することになり、市場に大きな価格変動を引き起こす恐れがあります。
このような事態は金融システム全体の流動性危機につながり、過去のシリコンバレーバンク(SVB)破綻のように、実体経済の金融機関にも連鎖的な影響を及ぼす可能性があります。
 

 
それでもなお、ステーブルコイン市場は拡大を続けています。
Tetherの時価総額は2024年5月時点で約1,448億ドルと、前年から32%以上増加しており、これは暗号資産市場全体の成長率を大きく上回っています。
従来の金融機関も独自のステーブルコインを発行し市場に参入しているため、今後も成長の加速が見込まれます。
 

 
結論として、ステーブルコインはもはや暗号資産エコシステム内の補助的な存在ではなく、米国債市場やグローバル流動性に直接影響を与えるインフラとしての地位を確立しつつあります。
今後の暗号資産市場の拡大が、米国債の需給、さらには世界金融の安定性にまで影響を及ぼす可能性がある以上、投資家も政策当局もこの新たなつながりに注目する必要があります。
ここで注目すべきポイントの一つは、現在、ほとんどのステーブルコインが「イーサリアム」を基盤とするプラットフォーム上で発行されているということです。
また、米国を拠点とするステーブルコイン「USDC(Circle)」も上場を予定しており、今後の動向に注目が集まります。