トランプが中国やメキシコ、カナダに関税を課す理由としてフェンタニルの管理不備を挙げています。
フェンタニルとは一体何なのか、なぜ貿易戦争にまで発展したのか整理してみました。
フェンタニルはベルギーのグローバル製薬会社「ヤンセン」を作ったポール・ヤンセンが開発した鎮痛剤です。
フェンタニルはモルヒネの200倍以上の鎮痛効果があり、人類が見つけた最も強力な鎮痛剤と呼ばれています。
鎮痛効果が非常に強力であるため、非常に強い痛みに苦しむ末期がん患者や複合性局所疼痛症候群(CRPS)の鎮痛剤として使用され、ホスピス病棟でも多く使われる鎮痛剤です。
以前はホスピス病棟で
アスピリン/アセトアミノフェン
→コデイン/トラマドール/タペンタドール
→モルヒネ/オキシコドン/フェンタニル
の順に段階を踏んで痛みをコントロールするのが一般的でしたが、
最近ではすぐに患者の痛みをコントロールすることが重要視されるようになり、
モルヒネから始めてフェンタニルをすぐに処方することも多くなりました。
フェンタニルは少量で強い効果が得られるため、注射や粉薬ではなく、パッチで貼ったり、鼻の中に吹きかけるスプレー、ごく少量が含まれた飴玉にして口からゆっくり浸透させる方法などで投与されています。
フェンタニルは極少量を注入すると強力な鎮痛剤になりますが、
青酸カリ(シアン化カリウム)より100倍以上毒性が強く、2mg程度を注入するだけで人を死に至らしめる強力な毒薬でもあります。
1981年にフェンタニルの特許が解禁され、フェンタニルは世界各国で製造され始めました。
誰でも生産できるようになったのですが、フェンタニルが幻覚誘発機能を持っている点が問題になります。
フェンタニルは1kgで100万人に投与できます。
マクドナルドのハンバーガーセットの値段で手に入るほど価格が安いので、最も多く使われる麻薬になってしまいました。
2002年にチェチェンの独立を主張するテロリストがモスクワのオペラ劇場で人質事件を起こした際、フェンタニルがガスの形で使用され170人が死亡し、米国では2018年8月から死刑用薬としてフェンタニルを使用し始めました。
人は血液中の二酸化炭素濃度が高くなると、この信号を神経を通じて呼吸中枢に伝達して呼吸をするのですが、
フェンタニルが致死量以上入ると、神経の信号伝達を遮断して呼吸ができなくなるので、脳が酸素不足で死亡することになります。
フェンタニルを過剰摂取した時、解毒剤としてナロキソン(Naloxone)を投与し、麻痺した呼吸中枢を回復させて呼吸できるようにしますが、
最近これがアメリカの救急車やパトカーの必需品になっています。
図のように、人々がゾンビのように変な姿勢でじっとしている写真を見たことがあると思います。
フェンタニルに中毒された人々は、フェンタニルの強力な神経抑制効果によって筋肉が麻痺し、脳機能が低下してゾンビのような状態になります。
フェンタニルの原料はほとんど中国で生産されています。
中国で原料を作り、化学薬品としてメキシコの麻薬カルテルに輸出し、メキシコの麻薬カルテルは完成品を作り、米国に輸出するルートが米国内のフェンタニル供給の85%を占めています。
カナダからの米国内の供給は少ないですが、最近カナダの犯罪組織がフェンタニル製造に使われる化学物質や実験装置を中国から輸入するなど、フェンタニル生産に積極的です。
2022年、スターバックスはシアトル、LA、ワシントンなどのアメリカの主要都市の中心街にある16店舗を永久に閉鎖しました。
フェンタニル中毒者が店内に侵入し、従業員や客に危害を加えるケースが急増したためです。
あまりにも毒性が強いので、一般的な麻薬のようにグラム単位ではなく、100万分の15~50グラムレベルで流通されますが、
麻薬中毒者がこのような微量の量を調節するのが難しいため、知らず知らずのうちに過剰摂取して死亡するケースが多発しています。
フェンタニルは使いやすいのも問題です。
フェンタニルが付着した紙などを口にくわえるだけで、口腔粘膜に素早く吸収されます。
2022年6月、米国テネシー州の路上に落ちた1ドル札からフェンタニルが検出されたことがあります。
フェンタニルを紙幣に塗って携帯用に使ったと思われますが、紙幣の表面に塗られたフェンタニルを手でつかんで鼻や口に触れるだけで中毒や死亡する可能性があります。
つまり、アメリカでは紙幣に触れることすら危険になってしまったのです。
アメリカ議会は、中国が故意にフェンタニルをアメリカや西側諸国に販売しているのではないかと疑っており、「逆アヘン戦争」と呼んでいます。
現在、米国で最も大きな違法フェンタニルの流通網が中国の麻薬の売人であり、彼らはアリエクスプレスやアリババなどで健康食品を装ってフェンタニルを販売しています。
原料の製造と流通を中国が主導していることから、フェンタニルの別名は「China White」です。
伝統的に人を殺す麻薬として悪名高いヘロインで死亡するアメリカ人は年間15,000人程度です。
それに対してフェンタニルによる死亡者は年間8万人を超え、銃器や交通事故などすべての死亡原因を上回り、米国内の死亡原因1位となっています。
フェンタニルがアメリカ国民の健康を深刻に脅かしているため、アメリカとしてはこれを阻止することが最優先です。
これがアメリカと中国、メキシコ、カナダと関税戦争を一番最初に始めた理由の一つです。
(*ここからは上記とあまり関係ない鎮痛剤新薬に関する参考情報です。*)
このような状況まで来たら、フェンタニルを完全に禁止すればいいのでは?と思うかもしれません。
しかし、まだ医療の現場では鎮痛剤として盛んに使われているため、完全に禁止するのは難しいです。
そんな中、強力な鎮痛剤が25年ぶりに米国FDAより承認されました。
バーテックス・ファーマシューティカルズ社の非麻薬性鎮痛剤新薬「Journavx」です。
Journavxは、脳の痛みの感覚を鈍らせるフェンタニルなどの従来の麻薬性鎮痛剤とは異なる方法で痛みを軽減します。
末梢神経系で痛みの信号を伝達する経路である「NaV1.8」を標的にし、痛みの信号が脳に到達する前に遮断する方法です。
50mg 1錠を服用すると、12時間遮断効果が持続します。
Journavxは軽い痛みのための薬ではありません。
手術、事故、怪我などで発生する強い急性疼痛がターゲットです。
これまで強力な急性疼痛は麻薬性鎮痛剤を服用するしかありませんでしたが、中毒の可能性など副作用が大きい状況でした。
Journavxは非麻薬性鎮痛剤であり、脳ではなく末梢神経に作用し中枢神経系に影響を与えないため、副作用が大幅に軽減されました。
その代わり、Journavxは50mgで15.5ドルで販売される予定で、価格は少し高めです。
12時間効果があるので、1日2錠で31ドルです。
Journavxは錠剤を飲むことで効果が出ますが、手術後に麻酔から目覚めて痛みを感じる患者がタイミングを合わせて錠剤を服用するのは難しいです。
なので痛みの初期には既存の鎮痛剤を注射で投与し、目覚めてからJournavxを服用する組み合わせで活用されるようです。